『大日本史料』 10編 24 天正2年8月~9月 p.369

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中山を上らるゝ所を、茂この陰より咄と喚て突かゝり、各是はと色めく所を、中嶋與市, 衞先此三人、元親の馬の眞先ュて鑓を合る、込つ被込つ二時計せり合、終ニ勝負不見所ユ、, 寺・室津・崎之濱・野根・甲浦の一揆とも、此よしを聞て相催し、尾僧山に隱居て待か, けたり、元親は、一揆是まて取出へきとはおもひも寄す、先手を乘越馬廻小性計にて、, 敵林隱に人數を伏、與風うわてより撞て掛る、中嶋與市兵衞・門田與右衞門・福留甚兵, 兵衞・門田與右衞門・福富甚兵衞、眞前に鑓を合せけれは、殘る輩も同しく續々〓かヽ, 卿、其日可有合戰と不被謀して、先手を乘越、馬廻り小性分迄ヱて、羽根坂を被乘上所に、, 元親卿自分被懸出、敵を蹈散し、夫ヱて數人打捕、西寺を過上討、其競を以、室津・津呂・, 去程ニ羽根・吉良川・室津・崎濱・野根・甲浦一味して、天正二年秋野根迄取出る、元親, 東灘邊退治之事, 天正元年乃秋、元親東灘邊退治あるへしとて、岡豐を打立給るける、羽根・吉良川・西, 一、羽根ニ而鑓之事、付崎之濱入之事、, 東寺の灘目・三津・椎名降參す、人質を取歸陣し給ひし也、, 〔土佐物語〕〓内閣文庫所藏, ○下, 略, ヲ討ツ, 諸士降ル, 元親自ラ敵, 安藝郡諸浦, ノ一揆元親, 羽根坂ニ戰, ヲ尾僧山二, 安藝郡ノ諸, 士起ル, 待伏セテ攻, 7, 天正二年是秋, 三六九

割注

  • ○下

頭注

  • ヲ討ツ
  • 諸士降ル
  • 元親自ラ敵
  • 安藝郡諸浦
  • ノ一揆元親
  • 羽根坂ニ戰
  • ヲ尾僧山二
  • 安藝郡ノ諸
  • 士起ル
  • 待伏セテ攻
  • 7

  • 天正二年是秋

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  • 三六九

注記 (29)

  • 467,631,64,2313中山を上らるゝ所を、茂この陰より咄と喚て突かゝり、各是はと色めく所を、中嶋與市
  • 1345,624,66,2305衞先此三人、元親の馬の眞先ュて鑓を合る、込つ被込つ二時計せり合、終ニ勝負不見所ユ、
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