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たり、然るに義俊いまだ幼弱にして、家人等が間又心よからず、如何で此所を守るべ, しに、其證さだかならざれば、松根をば筑後の國に流されて、柳川の立花飛騨守が預, 後も又讒人の出來て訴ふること止むべからず、然らん時に至ては、いかで其罪を遁る, き、義俊成長に及ばん迄は、暫く國を獻るべしとて、近江の國に移されしなり、又一, 説に初め島田・米津御使とし下向せし時、鮭延越前守二人に就きて密に訴へしは、源五, り、其座より俄に煩ふ事ありて終に卒しぬ、是はおとな鮭延越前守、楯岡と心合せて, しと云ふ沙汰せし程に、松根備前守といふ老、關東に參て此事を訟ふ、御糺の事あり, 將軍家此由を聞召し、抑も最上の城といふは、陸奧・出羽・越後に交りて東國第一の要害, べき、詮ずる所二人が身に於ては、速に身の暇を給て國を退き候ふべしとぞ申ける、, 守二人申しけるは、今仰せ下されし旨の忝きに依て、仰に從ひ參らすといへども、此, を一つになして、源五郎義俊たすくべしと仰せ下さる、山野邊右衞門大夫・鮭延越前, 駿河守が弟山野邊右衞門大夫が、兄の家人にてあるを主にせんとて、家親に毒を進め, りとなる、其後島田彈正・米津勘兵衞御使を承て、出羽の國に下向し、家の老九人心, 初め駿河守家親鷹狩の爲に城を出て歸るさに、家人楯岡甲斐守が家に入て酒宴の事あ, 元和八年八月二十一日, 二九九
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- 二九九
注記 (16)
- 584,717,58,2169たり、然るに義俊いまだ幼弱にして、家人等が間又心よからず、如何で此所を守るべ
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- 1752,714,59,2178り、其座より俄に煩ふ事ありて終に卒しぬ、是はおとな鮭延越前守、楯岡と心合せて
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