『大日本史料』 7編 6 応永10年正月~同11年12月 p.330

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

り、獨り弘茂の守る所、水田に臨み、要害の地なるを以て、京兵力を盡して攻, 弘茂五百騎を率ゐ、兵部卿師成親王及ひ菊池肥前守、楠某と東〓を守る、十, 杉重運及ひ嚴島神主守禦しけるが、重運、義弘戰沒し、我子備中守も死せし, 二月廿一日、京勢北〓を火く、守將杉備中守死し、次て義弘も戰沒す、南郷は, 打するといへ共陷らす、敵將今川上總入道、一命を捨るにあらざれは、功を, ときゝて、北〓に馳せて鬪死しければ、嚴島神主降を乞ひて、これも亦陷れ, なしがたしとて進めば、同五郎、又五郎これにつゝきて、其兵二百餘騎先を, 應永六年己卯十月、義弘に從ふて東上す、義弘堺城を築き之に據るに當り、, 爭ふて戰ふに、一色左京大夫詮範入道、同右馬頭滿範、五百餘騎にて之を援, 周防介に任じ、新介と稱せり、, 護なに十ゝそしし郎男の, 代るあのののとて修滿子, 持る兄系持思五理弘の, :男圖弘こてべに五三世, 應永十年十月二十日, 十系てはりる男正中弘, 世、九郎と稱せる, にぞあるべき、, 圖、古文書、長門國守護代記、, 守護代記に散位とあり、, を以て考るに、義弘の子として、其幼名を襲しめしなり、因て第十別なな〓, !の弟とする持盛が、かりて兄なる證をさへ見出たり、されはこゝの, ひしに、系圖にては義弘の子とする持世、盛見と兄弟なる證ありて、その持, は全く謬なりと決して、輩行を以て順次するに、弘茂第七男にて、弘十の兄, なる、その〓私十の弟持盛にて、九郎といふべきが、孫太郎と系圖にある, 教門第とにれああ六弘道に, 〓盛見七男にして、六郎といふべき理なければ、こゝの系謬あるべしと一, 入夫、七男盛見六郎、八男弘十八郎、日山籠城とす、按るに、弘正六男に、〓, と持輩へのと弘名二々, 順次を、嫡男義弘孫太郎、二男某二郎、野田伊豆守、法名永高院道中、三男滿, 十系てはりる男正中弘, 三三〇

割注

  • 世、九郎と稱せる
  • にぞあるべき、
  • 圖、古文書、長門國守護代記、
  • 守護代記に散位とあり、
  • を以て考るに、義弘の子として、其幼名を襲しめしなり、因て第十別なな〓
  • !の弟とする持盛が、かりて兄なる證をさへ見出たり、されはこゝの
  • ひしに、系圖にては義弘の子とする持世、盛見と兄弟なる證ありて、その持
  • は全く謬なりと決して、輩行を以て順次するに、弘茂第七男にて、弘十の兄
  • なる、その〓私十の弟持盛にて、九郎といふべきが、孫太郎と系圖にある
  • 教門第とにれああ六弘道に
  • 〓盛見七男にして、六郎といふべき理なければ、こゝの系謬あるべしと一
  • 入夫、七男盛見六郎、八男弘十八郎、日山籠城とす、按るに、弘正六男に、〓
  • と持輩へのと弘名二々
  • 順次を、嫡男義弘孫太郎、二男某二郎、野田伊豆守、法名永高院道中、三男滿
  • 十系てはりる男正中弘

ノンブル

  • 三三〇

注記 (32)

  • 591,649,74,2197り、獨り弘茂の守る所、水田に臨み、要害の地なるを以て、京兵力を盡して攻
  • 1044,660,81,2198弘茂五百騎を率ゐ、兵部卿師成親王及ひ菊池肥前守、楠某と東〓を守る、十
  • 819,656,76,2191杉重運及ひ嚴島神主守禦しけるが、重運、義弘戰沒し、我子備中守も死せし
  • 928,664,80,2180二月廿一日、京勢北〓を火く、守將杉備中守死し、次て義弘も戰沒す、南郷は
  • 479,651,72,2193打するといへ共陷らす、敵將今川上總入道、一命を捨るにあらざれは、功を
  • 706,653,73,2193ときゝて、北〓に馳せて鬪死しければ、嚴島神主降を乞ひて、これも亦陷れ
  • 355,653,71,2188なしがたしとて進めば、同五郎、又五郎これにつゝきて、其兵二百餘騎先を
  • 1159,661,81,2216應永六年己卯十月、義弘に從ふて東上す、義弘堺城を築き之に據るに當り、
  • 244,649,76,2193爭ふて戰ふに、一色左京大夫詮範入道、同右馬頭滿範、五百餘騎にて之を援
  • 1289,1157,61,868周防介に任じ、新介と稱せり、
  • 1302,2666,636,53護なに十ゝそしし郎男の
  • 1316,2739,621,52代るあのののとて修滿子
  • 1386,2811,550,51持る兄系持思五理弘の
  • 1345,2597,595,46:男圖弘こてべに五三世
  • 1998,744,47,382應永十年十月二十日
  • 1360,2525,598,55十系てはりる男正中弘
  • 1327,669,44,460世、九郎と稱せる
  • 1285,670,40,412にぞあるべき、
  • 1304,2072,52,796圖、古文書、長門國守護代記、
  • 1267,2096,45,694守護代記に散位とあり、
  • 1392,665,64,2167を以て考るに、義弘の子として、其幼名を襲しめしなり、因て第十別なな〓
  • 1558,703,53,2119!の弟とする持盛が、かりて兄なる證をさへ見出たり、されはこゝの
  • 1624,675,60,2190ひしに、系圖にては義弘の子とする持世、盛見と兄弟なる證ありて、その持
  • 1507,666,61,2196は全く謬なりと決して、輩行を以て順次するに、弘茂第七男にて、弘十の兄
  • 1440,666,60,2189なる、その〓私十の弟持盛にて、九郎といふべきが、孫太郎と系圖にある
  • 1276,2449,680,59教門第とにれああ六弘道に
  • 1670,690,60,2134〓盛見七男にして、六郎といふべき理なければ、こゝの系謬あるべしと一
  • 1739,688,59,2141入夫、七男盛見六郎、八男弘十八郎、日山籠城とす、按るに、弘正六男に、〓
  • 1396,1380,554,47と持輩へのと弘名二々
  • 1852,672,62,2146順次を、嫡男義弘孫太郎、二男某二郎、野田伊豆守、法名永高院道中、三男滿
  • 1350,2524,606,55十系てはりる男正中弘
  • 1983,2457,48,128三三〇

類似アイテム