『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.295

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し、其ころ打續大雨にて風吹、されとも日限定りたれは、少々の晴間を見て浦に船を出, 此間三町程なり、常に歩渡りなし、されとも爰を渡、惣構を押破れと下知也、人馬を渡, 船は阿波の泊の湊に著、此所に城を拵へ味方の根城とせり、此近所に木津の城あり、城, す、東條是を見て三百騎計打渡す、され共猛勢渡しけれは、行かゝりに惣構を破る、城, 東條關兵衞、土佐の加勢を待といへとも、上方勢大軍なれは、元親何として出らるへ, 里也、雨の餘波に風少吹て波高し、船はたを叩き、或は渦にまかれ、或は風にもまれ、, 主東條關兵衞と云、秀長付城を拵へ、木津の城と此間三十餘町、其中に入海又入川有、, か如し、此瀬戸を越る魚は骨節一つ出來ると云傳へたり、此渡りをする船損セさるはな, さしも猛き武士櫓軸を枕とし、船底にひれふす、大將秀長・秀次船子に力を加へ、無程, の兵三ノ丸へつほむ、仙石權兵衞翌未明に、竹たはを拵へ三ノ丸へ押寄する、是を見て, 出三郎四郎也、木津の城より北に水の手有也、仙石權兵衞か兵押へて城の通路を留む、, す、大舟六百艘・小舟三艘、櫓・械・柁を竝へ一度に押出す、福浦より阿波の泊迄十五, 前野庄右衞門・中川藤兵衞・高山右近押寄る、土佐の押へには羽柴八郎・伊藤掃部介, 中村孫平次・一柳市助・赤松次郎・蜂須賀・黒田・明石・筒井四郎・尾藤甚右衞門・戸, ニ著シ根城, ヲ構フ, 千石秀久水, 木津城ノ惣, 秀長秀次阿, ノ手ヲ止ム, 構ヘヲ破ル, 波ノ土佐泊, 城將東條關, 兵衞降參ス, 天正十三年七月十九日, 二九五

頭注

  • ニ著シ根城
  • ヲ構フ
  • 千石秀久水
  • 木津城ノ惣
  • 秀長秀次阿
  • ノ手ヲ止ム
  • 構ヘヲ破ル
  • 波ノ土佐泊
  • 城將東條關
  • 兵衞降參ス

  • 天正十三年七月十九日

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  • 二九五

注記 (26)

  • 1750,682,76,2254し、其ころ打續大雨にて風吹、されとも日限定りたれは、少々の晴間を見て浦に船を出
  • 1013,677,78,2257此間三町程なり、常に歩渡りなし、されとも爰を渡、惣構を押破れと下知也、人馬を渡
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