『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.369

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すして歸る、其時に朝比奈頓而氣付て逃申候、朝比奈弟をかへし、人質を, のすけを御取もとし候、, 不審の間成敗可仕候由被仰付、日根野備中、小倉内藏助、兩人近々と參候, 眞公之御供仕候衆之子共をも、兵衞大夫あまたとらへ、人しちかへにかつ, 城御持被成事成間敷候、信玄公之御人數、御取かけ無之以前に、此人しちを, も御つれ、御のき可被成と申上、則遠州へ御供申候處こ、掛川之城主朝比奈, 盜候を見て、扨は此者逆心うたかいなしとて、朝比奈人質を成敗致し、扨, 心を心に持候はゝ、我等に氣遣可仕に、さなき事は、逆心有ましとて、うた, へは、兵衞尉刀に手もつけす、いつもの風情にて罷在候間、日根野申は、逆, 備中守むかひを出し、掛川へ御籠城被成候、駿河をは信玄公御取被成候、氏, そかわしきに、せなかあふり仕候不審と申、尤今日一最前に引入、其上躰, 脊あふり仕候間、御目付是を見て、朝比奈は逆心仕候と見え申候、是程い, 猶家老衆、敵と内通を不存、御館, にて軍評諚の處に、朝比奈兵衞尉具足をぬき、料理の間の長いろりにて、, 内藏介うはい取、氏眞公之御前へ罷出、朝比奈兵衞大夫むほんのうへは、御, 松平記〕上, ○中略、氏眞、清見寺ヨリ駿, 府ニ退クコト二カヽル、, 校, 訂, 沒落, 氏眞駿府, 信玄駿河, ヲ略取ス, 永祿十一年十二月十三日, 三六九

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  • ○中略、氏眞、清見寺ヨリ駿
  • 府ニ退クコト二カヽル、

頭注

  • 沒落
  • 氏眞駿府
  • 信玄駿河
  • ヲ略取ス

  • 永祿十一年十二月十三日

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  • 三六九

注記 (26)

  • 449,742,63,2126すして歸る、其時に朝比奈頓而氣付て逃申候、朝比奈弟をかへし、人質を
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