『大日本史料』 10編 24 天正2年8月~9月 p.196

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なる故、いちのしもに備をたて候へば、即時に川を乘越、惣手の先に川むかひへあが, 騎の朝比奈衆を敵にうたせては、勝頼弓矢をとりてのふそくをかくと仰らるゝ所に、, る、子細は、大軍を以テ渡され候故、しもはばつくんあさく候て如此シ、扠又家康衆大, 邊半藏・服部半藏・大久保七郎右門尉・森川金右門・加藤喜助・成瀬吉右門尉・鳥居, 勝頼公御こしの再拜をぬきたまひ、ひとふりふり被成、御馬をけたて、あの武者うた, ばず、二萬餘リの多勢ィおごへをあげ一度に乘こむ、山形三郎兵衞は遠州・三河の御先, あんのことく家康衆しもへ乘おろし、くつばこをそろへ、甲州方三騎の武者にのりむ, 御身ちかくめしつかわる故、勝頼公と一度に川へのりこむ、御旗本衆の事は申スにおよ, かへ共、三騎の武者ひきかへす事なし、すでに川を三ケ二むかひへわたる、そこにて, するなと仰らるゝと、一度に川へ乘ここたまふ、土屋惣藏其年十九歳なれ共、勝頼公, なり、定テさいぜんのことく、川むかひの敵三騎の味方へ乘むかひ可申候、左候て、三, に、其あとュて朝比奈駿河守備より三騎乘ここたるは、無二にうちじにときわめたる, 物見に出たる三拾騎ばかりは、村上彌右衞門尉・内藤四郎左衞門・植村庄右衞門・渡, 彦右衞門尉・大久保次右門尉・日下部兵右衞門尉・山本帶刀・内藤平右衞門尉・青山, 天正二年九月七日, 一九六

  • 天正二年九月七日

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  • 一九六

注記 (16)

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