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にをひて、味方十餘騎井呂川をわたりてしりぞかんとす、敵これを見て、百騎ばかり川, 金紋の差物さしたる勇士と刄をましへて、相たゝかひ、組討して其首をえたり、山田平, 陣をとり、兵四五百騎をいだし、兩陣挑たゝかはんとすれども、たがひにすゝまず、こゝ, れは、犬塚又内此所に居て謂けるは、をの〳〵數輩しりぞかず、このゆへに我汝等が來, 味方十餘騎ふかくすゝみて、島田の宿に入、しかれとも味方あひつゞかず、敵兵藤枝に, れを見て、伏兵有かとうたがひ、川をわたさすしてしりそきぬ、正次、山陰にいたりてみ, をまつなりと云々、同十二年、長久手合戰のとき、正次すゝみて山の峙にいたり、羽黒に, 河の城をせむるとき味方一人疵をかうふり、しりそく事あたはず、敵軍より鉄炮をうつ, て、鑓下の高名を得たり、同七年、諏訪原にをひても又高名す、同八年、井呂御發向のとき、, 事雨のことし、かるがゆへに、彼手負をたすけむとするものなし、正次立寄、これをたす, けたり、水野惣兵へ、本多中務大輔是をほむ、, して、酒井左衞門尉忠次に屬し先登す、戸田左門これを見てほむ、同四年、高天神にをひ, に、渡邊彌之助、池水之助、戸田喜太郎等も、又はせきたる、此時山陰に指物一本あり、敵こ, の邊に競來る、正次、大久保次右衞門、中根源次郎とともに轡をかへして、敗北せざる處, 天正三年、遠州小山をせむる時、正次二十七歳に, ○寛政重修諸家譜小林正次譜ニハ、三月七日、ふたゝひ掛, 川城を攻たまふのとき、西宿にをいて奮戰し、敵をうちと, り、元龜元年六月二十八日、姉川の戰ひに首級を, 得たり、のち三方原、長篠の役に供奉しトアリ, こま, 戰功, 高天神ノ, 元和六年雜載, 三二九
割注
- ○寛政重修諸家譜小林正次譜ニハ、三月七日、ふたゝひ掛
- 川城を攻たまふのとき、西宿にをいて奮戰し、敵をうちと
- り、元龜元年六月二十八日、姉川の戰ひに首級を
- 得たり、のち三方原、長篠の役に供奉しトアリ
- こま
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- 戰功
- 高天神ノ
柱
- 元和六年雜載
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- 三二九
注記 (24)
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