『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.702

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る三人の小組頭人數も敗北す、, といへとも、敵の備厚く堅固にして働故、戰二三に勝て、又兵衞尉人數を引, かねけるを、又兵衞見て此方へ引とれと、軍使を切々遣すといへとも、三人, れに馬を立さまに、今一軍也といひて、旄を取かゝる、寄手三四之備は切崩, り合なし、又兵衞尉備を一文字二重に立、右之備頭より馬を乘、左之備はつ, に付て、鉄炮五六千挺を以拂ふ故、又兵衞尉遣し置三人之小組頭人數を立, 之小組頭引取得す、又兵衞見て、我行引て上むと片山へ只一騎趣き、ほとな, 外記、千石喜四郎片山に備たり、然處に伊達正宗先手片山のあなたの山根, く討死なりとつけ來るをきゝで、河原之同勢敗北、これをみて片山に備た, 後藤又兵衞尉手勢寄騎ともに退さま、道明寺より一里大坂之方ニ而、眞田, 佐衞門佐、明石掃部にあふ、兩將ともに使を以、又兵衞尉討死いたさるゝと, 上る時に備少定らす、又兵衞尉云、皆しつまつて折敷けと下知す、片山之表, の岡の敵にとりきらるへからすと下知して、小組頭三人片山助兵衞、山田, や、, 公人なるか、同勢ゟ片山ゟ走來て、大將討死, 瀬尾勘右衞門といふ者、又兵衞尉舊好之奉, といふをきゝて、うろたへたる勘右衞門申樣、只今大將それへ被出可爲僞, と云ものも有、又討死仕給ふつといふものも有とひとしく敗北せ、るとか, 元和元年五月六日, 七〇二

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  • 公人なるか、同勢ゟ片山ゟ走來て、大將討死
  • 瀬尾勘右衞門といふ者、又兵衞尉舊好之奉
  • といふをきゝて、うろたへたる勘右衞門申樣、只今大將それへ被出可爲僞
  • と云ものも有、又討死仕給ふつといふものも有とひとしく敗北せ、るとか

  • 元和元年五月六日

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  • 七〇二

注記 (20)

  • 639,652,56,929る三人の小組頭人數も敗北す、
  • 1575,646,59,2222といへとも、敵の備厚く堅固にして働故、戰二三に勝て、又兵衞尉人數を引
  • 991,651,58,2215かねけるを、又兵衞見て此方へ引とれと、軍使を切々遣すといへとも、三人
  • 1690,646,59,2224れに馬を立さまに、今一軍也といひて、旄を取かゝる、寄手三四之備は切崩
  • 1807,645,59,2213り合なし、又兵衞尉備を一文字二重に立、右之備頭より馬を乘、左之備はつ
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