『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.626

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予を記憶せられんことを懇請す、, り、朝は男子の爲め、正午は婦人の爲め、又午後は異教徒の爲めなりき、キリ, シタン等には、懺悔及び聖餐に付説教し、諸人之に依り大なる慰を得、約三, 十人洗禮を受けたり、内一人は、都の市民にして甚だ富めり、諸人皆信仰堅, なして、彼等を激勵し、又異教徒數人キリシタンとならんと欲する者に聽, 聞せしめんことを請へり、此仕事は、四十日の間繼續し、毎日三囘の説教あ, 附、日本發、其名知られざる, 肥前大村純忠、耶蘇會士ニ勸メテ、大村及ビ長崎ニ其會堂ヲ建テシム、, シタン等人を遣し、予と共に當所に在る日本のイルマンを派遣し、説教を, をなさず、諸パードレの聖き捧物と、最も愛するイルマン等の祈祷に於て, ボルトガル人より、ポルトガルの耶蘇會のバードレ及びイルマン等, 固なるは、主に光榮を歸すべきことなり, 一五六九年八月十五日, 尊師に通信すべきこと他に多しと雖も、予が病甚しきを以て之, に贈りし書翰の一節、, 〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第五號譯文), ○永祿十二年七, 九日ノ條, 月三日ニ當ル, ○中略、信長、義昭ヲ奉ジテ入京ス, ニ收ム、, ルコトニカヽル、十一年九月二十, 永祿十一年是歳, 六二六

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  • ○永祿十二年七
  • 九日ノ條
  • 月三日ニ當ル
  • ○中略、信長、義昭ヲ奉ジテ入京ス
  • ニ收ム、
  • ルコトニカヽル、十一年九月二十

  • 永祿十一年是歳

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  • 六二六

注記 (24)

  • 730,704,59,988予を記憶せられんことを懇請す、
  • 1429,703,63,2197り、朝は男子の爲め、正午は婦人の爲め、又午後は異教徒の爲めなりき、キリ
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