『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.708

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て、再會を祝し、彼院にて風呂へいり、あせほしあへす嶺山の城にのほりぬ、, へし、又つたへ聞風土記こは、長さ二千二百廿九丈、横九丈二尺とも云々、忌, 木と云浦まて舟にてあかる嶺山より迎馬と乘りけるに、護福院堯海道ま, ひて、寺前の潮をくなさて燒ける風呂ニ入、夕すゝ見になかめくらし、廿四, 日拂曉より天橋立のきまとをわたり、府中なと一見して歸寺畢、文珠縁記, らんかし、横狹所は四間、兩水涯の高事は六七寸、小石ましりのか砂地平等, 興行、, なるあやしさ、見ぬ人にはかたりても詞殘り、ゑしと云とも筆かきりある, 五とせはかり書信たゝす、御めくみの禮義なと申上て、橋立の瓦礫にて御, 拜閲、天神七代地神二代正哉吾勝々速日天忍穗耳尊之時ニ向臨之九世戸, て出むかひ、京都にて興行の席にてのあらましも、たかははりしよなとゝ, 浮橋をはくや夕たつ天つ雲紹巴, 碧海中央六里松と作給ひしもしるく、文珠堂前かけては、卅六町にもあま, とゝ云々、天浮橋の事なとおもひあはせらる、海中ニ出たる松原、村菴詩こ, 波にうつろふ松のすゝしさ宗欽, 著ク, 殊堂ニ宿, 峯山城ニ, 二十四日, 忌木浦ニ, 天橋立文, 到ル, 切戸ニ遊, 永祿十二年閏五月二十四日, 七〇八

頭注

  • 著ク
  • 殊堂ニ宿
  • 峯山城ニ
  • 二十四日
  • 忌木浦ニ
  • 天橋立文
  • 到ル
  • 切戸ニ遊

  • 永祿十二年閏五月二十四日

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  • 七〇八

注記 (25)

  • 655,688,58,2201て、再會を祝し、彼院にて風呂へいり、あせほしあへす嶺山の城にのほりぬ、
  • 1001,690,62,2190へし、又つたへ聞風土記こは、長さ二千二百廿九丈、横九丈二尺とも云々、忌
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