『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.160

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さして落行けり、城下鏡野とて廣野有、此野を東へ迯る、元親團を取く、急に, 其外幕下の軍勢都合二千餘騎を集し、三手に分よせられけり、先手は香宗, よと云て、あたる所を幸に、福留二十人、熊谷十八人切そおとしける程に、後, け、〓くかゝる程に、寄手もしは〳〵戰ふとそ見へし、うちくたれして迯る、, おはせ、切捨にし、首を取事〓かれと下知し給ふ、中にも福留飛騨、熊谷伊豆, をと再三諫けれとも、安喜運の末にや、すゝます、城の内にはぼゝゐく〓て, に申けるは、是程の大崩にあら切してとをらん、小切は若ものともにさせ, 見へけれは、元親時分はよきそと門をひらかせ、自身討て出、関をとつとあ, 出、追散さんと、桑名、久武、中ノ内申けれとも、元親時分はやしと制し給ふ所, 我部八百餘、二陣籏本八百餘、後陣吉良六百餘騎也、備後是を聞て、さらは節, され共平野は取てかへし、たゝかひけれとも、一陣やふれ、殘黨不全、安喜を, には太刀も長刀も打おりけるとそ、首數凡五百餘討取、鏡野かきりにしそ, に、寄手平野かいさめをきかんす、軍兵とも退屈し、心々に成、備色めき立く, 引返し給ふ、斯く時日をうつさす安喜へ押寄責落すへしと、吉良、香宗我部, 所を前に當戰ふへしと、其勢千餘騎を二手にして、矢流山へ押出して陣を, 永祿十二年八月十一日, 一六〇

  • 永祿十二年八月十一日

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  • 一六〇

注記 (17)

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