『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.404

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

細は、立花要害を諸勢同前と被明候而、捨被置儀にそは有之ましきやと, 被送著候するやうも無之付而、諸勢之内より、五十人、六十人程むらかり, 申され候へは、吉川、小早川殿も、尤之儀〓もに候、誰々をこめをかれ候す, 儀に而も無之候間、於然は桂左衞門尉爲御名代被罷居候樣にと被仰渡、, るやと、御案中にも不及躰に候處、御本手よりは坂新五左衞門尉、小早川, るとの御評定に相澄申候處、完戸安藝守、吉見出羽守被申儀共有之、其子, 三殿之儀は不及申、諸勢無異儀若松、蘆屋之浦え御引退候事、, 々長府の〓く御取退候樣にと申に付而、彼等兩人はかりすてをかれ候, 殿御手ゟは浦兵部少、此兩人之もの共に、立花要害之儀は被預置候而、早, 一彼蘆屋と而、舟之御手遣候得共、いかにと候くも、三万餘之諸勢を關府へ, 勢路次にて大分すくれ死に罷成候、如此夜中と申、大雪降申に付而、豐後, 方之陣中にも、當方よりのかれ候段は、一圓不存躰と相聞へ申候、就夫御, 出候而、近所〳〵の浦々のとねの家〳〵エ押入〳〵召こめ候て、廻船な, 元之十月十五日之夜に入、引退被申候、折節大雪みそれ〓にふり候而、諸, 則御請を被仕、三大將にて、要害え立籠被申に付而、在陣之諸勢無殘、元龜, 永祿十二年十月十五日, 大雪降ル, 四〇四

頭注

  • 大雪降ル

ノンブル

  • 四〇四

注記 (18)

  • 1685,723,70,2119細は、立花要害を諸勢同前と被明候而、捨被置儀にそは有之ましきやと
  • 277,731,69,2128被送著候するやうも無之付而、諸勢之内より、五十人、六十人程むらかり
  • 1574,723,71,2125申され候へは、吉川、小早川殿も、尤之儀〓もに候、誰々をこめをかれ候す
  • 1115,725,76,2142儀に而も無之候間、於然は桂左衞門尉爲御名代被罷居候樣にと被仰渡、
  • 1457,727,75,2120るやと、御案中にも不及躰に候處、御本手よりは坂新五左衞門尉、小早川
  • 1796,714,73,2127るとの御評定に相澄申候處、完戸安藝守、吉見出羽守被申儀共有之、其子
  • 517,730,71,1786三殿之儀は不及申、諸勢無異儀若松、蘆屋之浦え御引退候事、
  • 1229,733,75,2120々長府の〓く御取退候樣にと申に付而、彼等兩人はかりすてをかれ候
  • 1343,726,75,2125殿御手ゟは浦兵部少、此兩人之もの共に、立花要害之儀は被預置候而、早
  • 397,683,74,2168一彼蘆屋と而、舟之御手遣候得共、いかにと候くも、三万餘之諸勢を關府へ
  • 755,727,74,2130勢路次にて大分すくれ死に罷成候、如此夜中と申、大雪降申に付而、豐後
  • 634,732,74,2125方之陣中にも、當方よりのかれ候段は、一圓不存躰と相聞へ申候、就夫御
  • 157,738,70,2121出候而、近所〳〵の浦々のとねの家〳〵エ押入〳〵召こめ候て、廻船な
  • 876,725,73,2134元之十月十五日之夜に入、引退被申候、折節大雪みそれ〓にふり候而、諸
  • 996,722,74,2135則御請を被仕、三大將にて、要害え立籠被申に付而、在陣之諸勢無殘、元龜
  • 1908,724,46,417永祿十二年十月十五日
  • 756,299,43,161大雪降ル
  • 1926,2431,43,122四〇四

類似アイテム