『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.428

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て十月十五日の拂曉より、中國勢悉く立花山を押下し、濱手にかゝり薦, とも、指て仕出したる事もなく引取をは、毛利方の諸將さそ無念に思ふ, ける、大友家の諸將議しけるは、毛利勢一戰を好むとみえたり、されとも, の陣を引取事も有へしと也、されとも諸人此儀に同意の氣色も〓し、斯, 良表へ繰出す、臼杵、吉弘を始め、諸卒勇み進んて中國勢を遮留んとした, 日、小早川隆景一万餘人にて、又多々良表に打出けれは、豐後勢二万餘人, 箱崎表へ打向ふ、今日も接戰に及はす、夕陽西に傾く比、相退にそしたり, 鑑連宣ひけるは、敵方兩日の働きふり心得かたし、熟察するに、近日立花, 良表に打出なは、此方より川を越、一戰して追崩さんとそ勇みける、戸次, 身方備宜しき故、乘すべき隙なく、兩度空しく人數を引揚たり、重て多々, りけるを、鑑連下知さられけるは、中國の大兵數月立花山に陣を張けれ, 大友勢、鑑連の先見乃脈々たるをそ感しける、豐後三將急き人數を多々, へし、其上古人もかへる軍をとゝむる事なかれといへり、中國勢を追拂, 屋ををして引退きけり、立花城へは浦兵部一千人にて殘し置ける、此時, ひたるは身方の大利なれは、強て追慕ふに及さる事なりと宣ひける故、, 永祿十二年十月十五日, 退陣ヲ察, 鑑連元春, 等ノ立花, 亦戰ハズ, ス, 四二八

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  • 退陣ヲ察
  • 鑑連元春
  • 等ノ立花
  • 亦戰ハズ

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  • 四二八

注記 (22)

  • 986,700,70,2119て十月十五日の拂曉より、中國勢悉く立花山を押下し、濱手にかゝり薦
  • 404,700,74,2125とも、指て仕出したる事もなく引取をは、毛利方の諸將さそ無念に思ふ
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