『大日本史料』 10編 8 元亀2年雑載~3年3月 p.249

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督政長子也、信教ハ遊佐河内守長教子也、信教子高教、, もきとさしのほせ給候ハゝ、よろこひ入へく候、色々あやこ候、いかゝにおほしめし候、, 一もとのほせ候やうにつたへられ候ハゝ、しうちやくたるへく候、いよたかの事、いつれ, まゝ、いつれも〳〵のふ教に申つたへ候へく候、又おもひよらさる事こて候へとも、のし, 高ニタマフ、昭高ハ高政子、高政ハ植長子ニシテ、畠山尚長入道卜山孫也、ト山ハ右衞門, 彈正久秀言上、是ハ譽田・古市領之知行境目ヨリ相論事起、其時信長在洛、公方靈陽院義昭, 公相談之、依畠山理運、信長ヲシテ高屋城ヲ攻落サシム、此城昭高先祖代々居之、此故ニ昭, せ候ハゝ、よろこひ入へく候、くわしくハ久我殿かたへ申へく候、又むようの事候へとも、, りかたに、石につきたるきんかん候よし、きこしめしをよひ候まゝ、しん上候樣こ申きか, 元龜三年二月下旬、畠山尾張守昭高・同家老遊佐河内守信教逆心之雜説、三好義繼・松永, 申きかせさしいそく御事候、, なを〳〵てたての事、かわる事候ハゝ、いよ〳〵申下すへく候、ちか〳〵にのほるよし候, いよはいたかさためてそこもとへのほるへく候、かハちのかみに申きかせ、きすなきを, 藤英ハ三淵大和守也、父, 河内國浪人衆, 俗名新左衞門、, 石付金柑ヲ, 伊豫鷹ヲ望, 永久秀昭高, 信教逆心ノ, ニ告グ, 三好義繼松, 望ム, 雜説ヲ義昭, 元龜三年閏正月四日, 二四九

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  • 河内國浪人衆
  • 俗名新左衞門、

頭注

  • 石付金柑ヲ
  • 伊豫鷹ヲ望
  • 永久秀昭高
  • 信教逆心ノ
  • ニ告グ
  • 三好義繼松
  • 望ム
  • 雜説ヲ義昭

  • 元龜三年閏正月四日

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  • 二四九

注記 (26)

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