『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.137

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平に請付、眞中〓て打伏セ、即頭を取給ふ、忠平斯し給へは、軍兵何を惜むへし、思ひ切, 切て入、木佐木原を縱横に揉み合ふてそ鬪ひける、内山の住人抽木崎丹後守と名乘て、忠, にて討れたり、無比類振舞なり、敵も味方も今を限りと相鬪ふ、兵庫頭忠平面もふらす, へ、今日の合戰大事限り成そ、各心を励セと下知をなし、木佐木原の西に向き、南無西方, ける、日高掃部左衞門久留に相双ひ太刀打して、痛手を負てそ退きにける、鎌田源三・, 野田越中坊・曽木播磨守・嶋田彦十郎能敵と見るものに、馳合〳〵合戰して、遂こ太刀, 忍へ、此を專度と攻戰ふ、其場あまり烈しくして、慈の勢戰ひ惡み、敵と慈と其間弓杖十, りをそしたりける、已こ慈敗軍すへき所に、忠平一足も不退、きたなし返セ、兵庫頭爰に, 有ると下知し給へば、取て返して攻戰ふ、大口の住人に久留伴五左衞門太刀初とそ名乘, 杖計りもあらん、〓をかたむけ面を双て見會釈、折角しておゑほす半段計りうしろしざ, 東右衞門尉・落合源左衞門・中倉半九郎を初として、宗徒の軍兵三千余騎計りにて差忍, 極樂主を頼む弥陀佛と、心に十念唱へつゝ、一同に面もふらす切てかゝる、慈の軍兵差, り、引立〳〵たる大軍の癖として、蹈留かたき物成に、伊東又次郎・伊東新次郎・伊, た後にしたかふて射懸る、伊東勢返し合セ〳〵身拂ひして捲れとも、引煩ひたる有樣な, 元龜三年五月四日, 一三七

  • 元龜三年五月四日

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  • 一三七

注記 (16)

  • 291,615,69,2246平に請付、眞中〓て打伏セ、即頭を取給ふ、忠平斯し給へは、軍兵何を惜むへし、思ひ切
  • 409,618,70,2244切て入、木佐木原を縱横に揉み合ふてそ鬪ひける、内山の住人抽木崎丹後守と名乘て、忠
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