『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.311

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木城主遠山久兵衛に仕へ、千旦林に住す、, 十一日、, やの御かた・おか殿なる、, ばかりあり、源齋、はじめの名を吉村太郎左衛門氏勝といふ、強力の聞へありければ、, 齋窟」、木曾川の岸にあり、下深淵に臨み、嶮岨の小徑をやうやくつたひて、窟中に入る、, りて、御ひし〳〵めてたし、, 瀬ありて、舟筏の登り下りになやめり、「上池の船渡り」は、猫岩の川上にあり、「源, く、猫岩・なをり・せうご淵・馬之瀬・つゝ岩・押付ヶ・藤戸卷・權太瀬な〓どいへる早, 十五日、いよ殿より、五か三色しん上にて、御さか月らる、おとこたちしこうなり、と, むかし吉村源齋此窟にかくれ住みしといひ傳へ、今燒米石あり、いはやの廣さ四面九尺, は、村の北にあり、此あたりの東西駒場・手金野・茄子川の地うちは、殊に流れはげし, 武田信玄招きけれども不應、信玄怒りて殺害せしよしいひ傳へたり、其子七左衛門、苗, りて、とやの御かたなる、たけのうち殿御まいり、おとこたちしこうにて、御うたいあ, 十一月十一日、, 宮女、酒饌ヲ獻ズルニ依リ、御宴アリ, 〔御湯殿上日記〕, 新大すけ殿より、てん色〳〵まい, ○中, 山御文庫所藏, ○京都御所東, ○下, 略, 已、, 略, 癸, 新大すけ殿より、てん色〳〵まい, 曼殊院覺恕, 參内, 謠アリ, 十一月十五, 日, 元龜三年十一月十一日, 三一一

割注

  • ○中
  • 山御文庫所藏
  • ○京都御所東
  • ○下
  • 已、
  • 新大すけ殿より、てん色〳〵まい

頭注

  • 曼殊院覺恕
  • 參内
  • 謠アリ
  • 十一月十五

  • 元龜三年十一月十一日

ノンブル

  • 三一一

注記 (33)

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