『大日本史料』 10編 17 天正元年8月 p.100

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御事也、, 長みつから馬をはせて、敵のうしろをうつ、光義先陣にすゝんて、敵兵を討おとす、, 大嶋光義雲八、天正元年、越前の軍士江州に出陣して、引しりぞかんとするとき、信, 元龜四年より延寶二年まで百四年間、, 此時御意に、此足半を毎度合戰の時に、御太刀にかけさせられ、御はなし不被遊との, 〔寛永諸家系圖傳〕十, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔寛永諸家系圖傳〕, 信長これを感ず、, 朝倉義景、江北とね山に出張す、一盆これとたゝかふ時、成, 牧野成里, 八月、朝倉義景が兵と近江地藏山に力戰し、〓, 里槍を合、, 〔朝倉系圖略〕, 山岡景京隆, 山岡景猶, 是年、朝倉を討のときは先鋒となる、, 天正元年八月十三日, 千百四, 十二, 百六, のち伊豫守と號す、, はじめの名は傳藏、, 十九, 備前、, 玉林齋、, 是年、朝倉を討のときは先鋒となる、, 美作, 守、, 八月、朝倉義景が兵と近江地藏山に力戰し、〓, 同景猶, 山岡景隆, 牧野成里, 朝倉氏一族, 戰死者ノ家, 大嶋光義, 系, 天正元年八月十三日, 一〇〇

割注

  • 千百四
  • 十二
  • 百六
  • のち伊豫守と號す、
  • はじめの名は傳藏、
  • 十九
  • 備前、
  • 玉林齋、
  • 是年、朝倉を討のときは先鋒となる、
  • 美作
  • 守、
  • 八月、朝倉義景が兵と近江地藏山に力戰し、〓

頭注

  • 同景猶
  • 山岡景隆
  • 牧野成里
  • 朝倉氏一族
  • 戰死者ノ家
  • 大嶋光義

  • 天正元年八月十三日

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  • 一〇〇

注記 (39)

  • 1717,704,55,184御事也、
  • 1208,705,64,2154長みつから馬をはせて、敵のうしろをうつ、光義先陣にすゝんて、敵兵を討おとす、
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  • 1598,823,57,932元龜四年より延寶二年まで百四年間、
  • 1825,706,62,2174此時御意に、此足半を毎度合戰の時に、御太刀にかけさせられ、御はなし不被遊との
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