『大日本史料』 10編 17 天正元年8月 p.225

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焦し由にて、今は僧形の如くなれども、後かたに植髮いさヽか殘れり、, ○朝倉家墳墓義景の墓は松雲院の裏に在り、石の禿祠を作れり、其邊に墓數々あり、, ニ歸リ、神宮寺ニ潛居スルコト、便宜左ニ合敍ス、, 置き、寺領御寄附ありし由、明和末年の看主かたれり、○城戸内松雲院朝倉家墳墓有, ○城戸内一乘と云所は、朝倉家居城の跡あり、此所に松雲院と云義景の菩, 英林塚は夫より谷間へ引入て五輪也、此塚時として鳴動する事有りと云、慥なる説を, ○若狹小濱城ノ武田元明、朝倉義景ニ屬シ、越前ニ在リ、朝倉氏亡ブルニ依リ國, ○義景像俗躰にて袈裟かけたる像也、何の比にや燈明を立る時、誤て火を落し頭髮, 倉家の墳墓を守りしに、寶永・正徳の比にや、御尋の子細有て福井心月寺より看主を, 〔粟屋勝久戰功記〕, もゝとせの昔にかへる秋はあれど人は名のみにふるつかのあと二位, 提所有り、, 知らす、, り、, に詣て續ける、, ○寛文子年八月廿日、義景百年忌にあたり、松雲院にて佛事ありける, 繪圖, 歸雁○中, ○中, 記、略, 記、, 略, 記、, 歸雁, ヲ營ム, 同院ニテ義, 景ノ百回〓, 天正元年八月二十日, 二二五

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  • 繪圖
  • 歸雁○中
  • ○中
  • 記、略
  • 記、
  • 歸雁

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  • ヲ營ム
  • 同院ニテ義
  • 景ノ百回〓

  • 天正元年八月二十日

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  • 二二五

注記 (29)

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