『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.96

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

りけれは、郷民ともは、源右衞門御所とそ申ける、みめは果報の花なれや、女は氏な, は、一條殿ひら田往來の夫につかわれ、茶菓魚鳥はいふに及はす、遠方珍怪之ものを, され、其後ゆきにさし給ふ、御酌心得、盃になみ〳〵とあまる計につきけれは、ゆき, 持運ふ、源右衞門か下女はしたに至るまて、綾羅錦〓を身にまとひ、金銀珠玉をかさ, 源右衞門を番人として、御殿に入置、平田の郷を給田にそ給りける、近郷の百姓とも, は恥しけに、いかにせんと案するを御覽して、それ此方へと仰けれは、顏うちあかめ、, 機けん甚しく、是三世の盃也と取上、さらりとほし給ふ、逢て彌増我思ひと云其比の, 盃をもちて立んとす、御酌是へと呑殘したる盃を、其儘御前へさし上しかは、黄門御, も見給はす、盃取上給ふか、わな〳〵と振ひて、御膝に酒をこほし給ふ、まつ母に下, ふて玉の興に乘、楊貴妃寵有て、姉妹兄弟大國を封せられ、人皆女を産事を重して、, ふしの新まくら、かはすまもなく明わたり、東雲も早過ぬれは、名殘之袖を引別れ、, も共に解ぬれは、秋の夜之千よを一夜になせりとも、言葉殘りて明ぬへし、かりそめ, 中むらへ歸り給ふ、それより日々に平田へ鷹狩に御越あり、其後平田に新殿を立られ、, 時花歌諷ふつ舞つ、醉みたれ、其よは其所に泊り給ふ、いつしか雪の下紐も、こゝろ, 天正元年九月十六日, 平田源右衞, 門ノ女ヲ寵, 源右衞門御, 所, ス, 天正元年九月十六日, 九六

頭注

  • 平田源右衞
  • 門ノ女ヲ寵
  • 源右衞門御

  • 天正元年九月十六日

ノンブル

  • 九六

注記 (22)

  • 293,701,70,2182りけれは、郷民ともは、源右衞門御所とそ申ける、みめは果報の花なれや、女は氏な
  • 536,709,71,2172は、一條殿ひら田往來の夫につかわれ、茶菓魚鳥はいふに及はす、遠方珍怪之ものを
  • 1669,684,73,2190され、其後ゆきにさし給ふ、御酌心得、盃になみ〳〵とあまる計につきけれは、ゆき
  • 411,691,71,2191持運ふ、源右衞門か下女はしたに至るまて、綾羅錦〓を身にまとひ、金銀珠玉をかさ
  • 656,693,71,2189源右衞門を番人として、御殿に入置、平田の郷を給田にそ給りける、近郷の百姓とも
  • 1541,695,75,2196は恥しけに、いかにせんと案するを御覽して、それ此方へと仰けれは、顏うちあかめ、
  • 1286,684,72,2183機けん甚しく、是三世の盃也と取上、さらりとほし給ふ、逢て彌増我思ひと云其比の
  • 1413,684,74,2189盃をもちて立んとす、御酌是へと呑殘したる盃を、其儘御前へさし上しかは、黄門御
  • 1798,679,72,2190も見給はす、盃取上給ふか、わな〳〵と振ひて、御膝に酒をこほし給ふ、まつ母に下
  • 168,703,75,2142ふて玉の興に乘、楊貴妃寵有て、姉妹兄弟大國を封せられ、人皆女を産事を重して、
  • 904,691,76,2153ふしの新まくら、かはすまもなく明わたり、東雲も早過ぬれは、名殘之袖を引別れ、
  • 1031,689,70,2183も共に解ぬれは、秋の夜之千よを一夜になせりとも、言葉殘りて明ぬへし、かりそめ
  • 776,694,75,2207中むらへ歸り給ふ、それより日々に平田へ鷹狩に御越あり、其後平田に新殿を立られ、
  • 1157,688,73,2180時花歌諷ふつ舞つ、醉みたれ、其よは其所に泊り給ふ、いつしか雪の下紐も、こゝろ
  • 1912,719,44,386天正元年九月十六日
  • 1200,340,39,214平田源右衞
  • 1156,338,38,214門ノ女ヲ寵
  • 323,349,43,212源右衞門御
  • 281,346,40,43
  • 1116,342,36,35
  • 1912,719,43,386天正元年九月十六日
  • 1930,2583,43,80九六

類似アイテム