『大日本史料』 10編 21 天正2年2月~同年4月 p.166

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〔龍雲寺文書〕, 〔甲斐國志〕, 事媒介、拙僧被越義も御座候き、, 移置、其堂廢壞シテ當寺ノ本尊トス、, 其時より甲州一國の衆を、八年の間に盡たえし給ふに付、二百三百或は五百楯籠た, 一、昔信虎扶助大泉寺住持仕候事廿ケ年、其時分、相・甲之間、然々無之候砌、爲御無, 一、箕輪山養福寺, 一、信虎公の御代には、軍法も信玄公の十分の一ならてなし、殊更信虎公廿八歳の御, 栗毛ヲ埋タル處ナリト云、今馬頭觀音ヲ安置シ、石馬二箇ヲ置ケリ、, る城とも、せめ取なさるによつて、矢疵・鑓疵・刀疵しけく手負たる衆多し、然れ, 〔甲陽軍鑑〕十五, 時、くしま合戰の砌、譜代衆大形在所へ引籠、見所仕る、右のくしまに勝給ひて、, 馬五輪ト云アリ、武田信虎ノ乘馬韋駄天, 鳳皇山東禪寺同村、同宗逍遙院末、, 〓寶永寺記ニ、本尊古武田信虎鳳皇山ヨリ所, 回宗穴平見明寺末、, ○下, 八十三佛寺部十, ○信, 巨摩郡逸見筋, 箕輪, ○中, ○中, 略, ○下, 略, 村, 略, 略, 濃, (曹洞, 略, ○下, ○下, 北高全祝ヲ, シテ大泉寺, ノ住持ヲ勤, メシム, 天正二年三月五日, 一六六

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  • 八十三佛寺部十
  • ○信
  • 巨摩郡逸見筋
  • 箕輪
  • ○中
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  • (曹洞

頭注

  • 北高全祝ヲ
  • シテ大泉寺
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注記 (40)

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