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剛の武士、武略をもって信虎公勝利を得給ふ、敵の大將くしまを討取たまふたる、其曰, 上候、其御煩は十曰の間に御平愈也、以上、, の衆、悉身構をして、武田御家既滅却せんと仕る處に、信虎公の家老荻原常陸守と申大, を引ぐして、甲州飯田河原まで來り、しかも六十曰あまり陣をはり居、其時甲州御一家, の其時誕生有故、勝千代殿と信玄公稚名をつけ申、則其時の合戰は、勝千代殿の合戰に, 仕る武田信虎公家老の沙汰なり、勝千代殿誕生前に、種々の不思議信州諏訪明神より告, く候へども、一兩年の内に膈と申御煩有へく候間、都より藥師呼下給ひ、御養生尤と申, まという武士、今川殿をかろしめ、結句甲州を取て、己が國に仕らんとて、遠駿の人數, 一、夫信玄公、稚時の御名を勝千代殿と申子細は、御父信虎公、二十八歳の時、駿河ん〓, 〔甲陽軍鑑〕, 〔甲陽軍鑑〕十一, 一、辰の霜月、信玄公少御煩なされ候、板坂法印御脈を取、此御煩はやがて能御座あるべ, 來と云, 〔甲陽軍鑑〕九ト, 十一, 上, ノ由來, 老ノ沙汰, 板坂卜順信, 父信虎ノ家, 玄ノ病ヲ診, 幼名勝千代, 膈トイフ病, ル, 天正元年四月十二日, 三二三
割注
- 十一
- 上
頭注
- ノ由來
- 老ノ沙汰
- 板坂卜順信
- 父信虎ノ家
- 玄ノ病ヲ診
- 幼名勝千代
- 膈トイフ病
- ル
柱
- 天正元年四月十二日
ノンブル
- 三二三
注記 (26)
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