『大日本史料』 10編 22 天正2年4月~6月 p.57

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門迄出合被申候、足中あまうち迄はかれ候、それより唐戸の御座候座より、下之, 候、客人立處ノ、御さうめんにすへかへて、御さかな參候、其肴くたり候ハぬ内, に、御盃上候するとて、宮仕持て出候處、被立候、貴殿樣なけしの下迄にて、御, 中御門迄者、穎姓假屋閑月と申者案内者申候、奏者ノ伊地知勘解由左衞門尉、御, 候、從夫對面所にて御寄合被成候、主居ハ御屋形さま、御次喜入攝州、其次平田, 上此衆迄にて候、又あるむきュてんしん參候、御肴・御酒、勿論なから度々に參, 之衆、伊地知勘解由・河上源三郎・上原太郎五郎・伊集院源介・拙者にて候、已, 客之前ノ高崎兵部少輔・梅北宮内左衞門尉、いつれも手長ノ無御座候、其外宮仕, 濃州、客居ノ上使、其次橘1にて候、御膳者三め迄參候、御引物種々參候、御酒, 三返にて御湯參候、御肴者度毎ユ參候、御前御宮仕者新納刑部大輔・本田紀伊守、, 使ニ者、拙者被遣候、上使者頼娃假屋ユ宿候、我ハ意趣申候而、軈而罷歸候、殿, 座ニ奏し被申候、平鴫居よりか〻より上使ハ入候、奏者ハ平鴫居より下より被入, 禮被成候、酉刻計より戊時計ニ御座終候、, 〔上井覺兼日記〕〇東京大學史料編纂所所藏, 天正二年四月十四日, 五七

  • 天正二年四月十四日

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  • 五七

注記 (16)

  • 1598,769,73,1969門迄出合被申候、足中あまうち迄はかれ候、それより唐戸の御座候座より、下之
  • 715,768,70,1965候、客人立處ノ、御さうめんにすへかへて、御さかな參候、其肴くたり候ハぬ内
  • 602,770,73,1970に、御盃上候するとて、宮仕持て出候處、被立候、貴殿樣なけしの下迄にて、御
  • 1705,768,76,1979中御門迄者、穎姓假屋閑月と申者案内者申候、奏者ノ伊地知勘解由左衞門尉、御
  • 1375,761,74,1979候、從夫對面所にて御寄合被成候、主居ハ御屋形さま、御次喜入攝州、其次平田
  • 824,769,72,1966上此衆迄にて候、又あるむきュてんしん參候、御肴・御酒、勿論なから度々に參
  • 935,773,70,1964之衆、伊地知勘解由・河上源三郎・上原太郎五郎・伊集院源介・拙者にて候、已
  • 1045,769,72,1970客之前ノ高崎兵部少輔・梅北宮内左衞門尉、いつれも手長ノ無御座候、其外宮仕
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