『大日本史料』 10編 23 天正2年6月~7月 p.29

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小笠原與八郎、遠州高天神の城に籠る、勝頼これをかこむ、守友猿〓の脇塀のあ, ふ、, 三枝守友, 乙次郎、後に小次郎とあらたむ、兵庫助、, 信玄の家老山縣三郎兵衞、守友か勇を感し、山縣氏を授、且吉光の腰劒をあた, 天正二年、内藤源左衞門・加藤駿河守が家人若干を守友に屬せらる、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 數度出陣せしめ、軍功あるにより、上州野邊の内永安寺にて百五十貫の采地をく, 天正二年七月十九日、勝頼書状をさつけていひけるは、駿州・遠州兩國におゐて, 高田信頼, 宗四郎、勘解由左衞門尉、後善右衞門尉、, 質濱松ニ罷在候ヱ付、奉願惣兵衞〓共ヱ同國城東郡佐束村ニ退身、, 〔寛永諸家系圖傳〕, はふと云々、, 百七, 二十, 二, 十, 〓シ所領ヲ, 頼ノ戰功ヲ, 宛行フ, 勝頼高田信, 天正二年六月十七日, 二九

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  • 百七
  • 二十

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  • 〓シ所領ヲ
  • 頼ノ戰功ヲ
  • 宛行フ
  • 勝頼高田信

  • 天正二年六月十七日

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  • 二九

注記 (24)

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