『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.199

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行セシム、, 天文七年、近江國に生る、はし, 刑部左衞門直忠には、江州淺井郡、蒲生郡、勢州安濃郡を被下、, 公へ軍忠を盡せしものなれはとて、懇の御意有、當座の兵糧米とて、三百俵, に富貴に成、加州利家の二男前田釼治の娘をむろへ室とせり、天正十年六, 三好一族悉く亡て、織田信長公の武威かゞやらり、元龜の頃、新庄直頼次第, を大將として、五千餘騎を相添て差向らる、賊徒を悉く打亡す故、御感有て、, を給り々る、直頼國へ歸て、母上に物語し、大に悦あへり、其頃伊原山に所々, 月二日、明智日向守光秀、信長公を〓し奉る、秀吉公、明智を亡し給ひ、京都も, 左衞門直忠、嫡子新三郎直定を召れて、秀吉公御前近く召れ、父直昌は、義輝, の殘黨集り、諸人の兵粮等を奪故、秀吉の命を請て、新庄直頼弟直忠、嫡子直, 是3、羽柴秀吉、近江朝妻城主新庄直頼ヲ山城山崎城ニ封ジ、三萬石ヲ知, 新庄直頼, 軍功の賞として、直頼父子に所領三万石被下、攝州山崎の城を給り々る、同, おたやろに成々る、新庄直頼は、劔治を頼て、秀吉公へ被召出々れは、弟形部, 〔極祕録〕扨直頼に妻を向へ、男子誕生あり、新庄新三郎直定と云々る、其後, 〔寛政重修諸家譜〕〓, 新三郎、, 駿河守, 下略, 八百, 二十, ○上, 秀吉ニ仕, 新庄直頼, ハ近江ノ, 新庄直忠, 地ヲ與ヘ, ラル, 天正十年是歳, 一九九

割注

  • 新三郎、
  • 駿河守
  • 下略
  • 八百
  • 二十
  • ○上

頭注

  • 秀吉ニ仕
  • 新庄直頼
  • ハ近江ノ
  • 新庄直忠
  • 地ヲ與ヘ
  • ラル

  • 天正十年是歳

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  • 一九九

注記 (31)

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