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樣致度と也、理右衞門諾して、兼日を約し、彼町へ行向ふに、則件の家へ招入, 申度由申候、夫へ相揃參り候も、目立候も如何に候、願くは此方へ御入來候, 父か申せしとて、老母のかたりしは、先祖は丹波の者の由承し計にて、名も, 不存、勿論由緒等の儀は、猶以不存、其母をへ故人と成ぬれは、今に於ては、曾, 孫歟、又は宗徒の所從の人の末歟にて候、此家の裏に、右の古墳あれは、則家, 無之、町内へ樽壹被差越、夫にて餘の掛りもの一圓無之、尤右家ニ付、借銀等, 有之候、此方には、樣子有て、其許御先祖の事を粗承候、御自分は明智殿の御, もへ可申聞よしを申立皈ぬ、理右衞門頗る不審晴す、何とやらん怪敷心地, にて相濟候旨、委く相演けれは、理右衞門大に駭き、其由緒は兎もあれ、當時, て知れかたしと答けれは、彼男云、我等は町中よ初の使に參候、其趣を何れ, 屋敷ともに其元へ讓り申度候、尤斯く申上の儀に候得は、家賣得の譯には, 懸り合曾て無之、南禪寺領故屋敷年貢少々出候得とも、是は表の借屋宿料, 年寄五人組出會て、年寄申けなは、寔に卒爾の事を申進、定めて御不審に可, にて居けるに、二三日過て又彼男來、頃日の趣相達候處、町役人とも御面談, 何の所以もなく家屋敷讓らる〓き段、甚難及料簡と辭しけれとも、各一統, 天正十年六月十七日, 六三〇
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- 天正十年六月十七日
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- 六三〇
注記 (17)
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