『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.125

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昨今の甲州衆を御先に仕り、其上難所に有之故なり、諏訪二の合戰を待、旗, 信州のうち御籏下につかさるものこれあり、汝はやく國にかへりて、仰の, たり、大權現に拜〓す、時に保昌五郎の御脇指をたまはりて仰られけるは、, 諏訪乙骨に御陣を召され、都合其勢八千騎なり、乙骨川を越、先衆陣取なり、, 小平各先手にく、雜兵千五百、諏訪殿旗本二千計、都合雜兵共に三千五百人, 手にて、平澤通信州へ御馬入、水内郡佐久郡御仕置にく、諏訪へ御出成され、, 御攻可成とく、鳥井彦右衞門、井伊兵部、酒井左衞門、三宅、大久保を御先にく、, を初として、先衆盡く乙骨川を下りニ追討なす、諏訪へ首千餘捕也、徳川方, を以く、家康公の先備へ、卯の刻に茅野再拜を取て鳴叫く切崩す、酒井、鳥居, 波は御服を拜領し、市左衞門には御羽織下さお、これにより頼忠甲府にい, 去程に諏訪高島に籠城成らんと、家康公御先衆遠慮ある處に、茅野、澤、兩角、, 〔小平物語, 天正十年秋、徳川公甲州へ御出馬有く、甲〓衆各被召出、勢揃被成、甲〓衆先, 郡を本乃ことく拜領す, 下るをまつ〓しとの命により、頼忠國にかへる、翌年御書をたまはり、諏訪, 第廿四徳川殿信州諏訪乙骨合戰之事, 政重修諸家譜諏訪頼忠譜大抵同ジ、, ○上下略、譜牒餘録諏訪因幡守書上、寛, 一○蕗原拾, }葉一所收, 康ノ兵ヲ, 破ル, 頼忠ノ兵, 乙骨ニ家, ニ至リ家, 頼忠甲斐, 康ニ〓ス, 天正十年七月二十二日, 一二五

割注

  • 政重修諸家譜諏訪頼忠譜大抵同ジ、
  • ○上下略、譜牒餘録諏訪因幡守書上、寛
  • 一○蕗原拾
  • }葉一所收

頭注

  • 康ノ兵ヲ
  • 破ル
  • 頼忠ノ兵
  • 乙骨ニ家
  • ニ至リ家
  • 頼忠甲斐
  • 康ニ〓ス

  • 天正十年七月二十二日

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  • 一二五

注記 (29)

  • 302,632,60,2221昨今の甲州衆を御先に仕り、其上難所に有之故なり、諏訪二の合戰を待、旗
  • 1709,630,61,2232信州のうち御籏下につかさるものこれあり、汝はやく國にかへりて、仰の
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