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光祐, 甲・清祓ヲ内侍所ニ修セシメ給フ、, 赤谷の城代小田切三河守に心を合せ、米銀舟にて揚川下シ、江川と云へ, 刑部籠置、新潟の町人の妻子を人質取て、色部本庄への道を留メ、會津領, 入、新潟へ屆、夫レより新發田へ差越すニ付而、新潟通り木場と云所に新, り、諸國の商人船奧上方上下に寄所也、此川の中に、長サ二十町、横十八町, の島あり、是を越後の河中島と云、其島に新發田ゟ城を立、一家の新發田, 七月廿七日, 〔參考〕, 齋木四郎兵衞殿, 二十八日, 城を立、本城には蓼沼藤七、二の丸に山吉玄蕃、景勝公より差置かるゝ也, ま、さい川、會津の揚川、國々の大川其外にも落合、新潟町屋も二千軒程あ, 〔越後古實聞書〕一新發田一味の新潟は、日本に二ケ所の湊也、信州のちく, 仰出、撰吉日可參勤之旨申來了、清祓之義令存知候、日取毎度陰陽頭撰之, 山岸出雲守, 〔兼見卿記〕四七月廿四日、〓辰、自勸修寺黄。門使者云、内侍所清祓之事被, 七月廿七日光祐, 天正十年七月二十八日, 甲, 新發田重, 屋二千軒, 新潟ノ町, 兵衞, 日取ハ陰, ラ取ル, 齋木四郎, 家城郭ヲ, 設ケ人質, 陽寮ニテ, 擇ブ, 天正十年七月二十八日, 一三八
割注
- 甲
頭注
- 新發田重
- 屋二千軒
- 新潟ノ町
- 兵衞
- 日取ハ陰
- ラ取ル
- 齋木四郎
- 家城郭ヲ
- 設ケ人質
- 陽寮ニテ
- 擇ブ
柱
- 天正十年七月二十八日
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- 一三八
注記 (33)
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