『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.431

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百計つゝのせ、舟に大つな付、河上より城際へなかしかけ、晝夜斷まなく, 淡路ノ洲本城ヲ奪フ、〓ニシテ、淡路ノ兵起リ、洲本城ヲ復ス、, 日本二番の大河也、此河中嶋に、立廿町横八町計ニ城を拵へ、しは田刑部, 少武主にて人數入置、陸と水の間七八町も有へし、舟にてよる外責へき, 樣なし、大船を集め五艘つゝからくり、其中に勢樓あけ、たん〳〵に鐵炮, けれとも、火矢のしかけ知りて、夜白五日打けれとも、是をも用ひず、剩城, て死けり、其後は火矢もならず被相止、六月初に御馬を被入, 責られける、乍去落居成かたし、日を送、御在陣專なしとて、新發田へ御馬, 去月廿一日之御札、今日披〓、本望候、仍此度以御手柄、即木津城被押落候由、, 長宗我部元親ノ弟香宗我部親泰、阿波木津城ヲ攻メテ之ヲ拔ク、尋デ、又, 寄給ふ、城際迄放火、御納馬也、, より源六をふらひ、鐵炮にて只中を打貫ける、其日一日いきて、廿五日に, 〔景勝一代略記〕一天正十一年四月中旬、しは田〓の地新潟御出馬也、此湊, 〔香宗我部家傳證文〕, 新發田重家, ○下略、景勝、, ヲ攻ムルコ, トニカヽル、, 四, 收ム, 初ニ兵ヲ, 河中島城, 景勝六月, 木津落城, 天正十一年四月是月, 四三一

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  • 新發田重家
  • ○下略、景勝、
  • ヲ攻ムルコ
  • トニカヽル、

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  • 收ム
  • 初ニ兵ヲ
  • 河中島城
  • 景勝六月
  • 木津落城

  • 天正十一年四月是月

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  • 四三一

注記 (26)

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