『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.135

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き、本の座に居々り、是よりいよ〳〵二人のなつらひよろらす、彼にしたろ, ろくて柴田縁者、又は不淺知音をは、一向敵に極め、其國へ年内に令出勢、一, ら〓取上さしうけぬれは、勝家〓はを出さす、玄番爭におよはすありは〓, 詮理を以攻討んには不如とて、勝家、伊賀守に相違之條數を記し立、伊賀守, へきにあらす、勝家子を次にして甥を愛せしも、ついてたろひて罪あるへ, 當あて、手なみの程をも見せ、其上腹あしき柴田に、來春無理なる働をさせ、, 著陣し、遠卷に打圍みしか、此城には、秀吉久敷住なまし間、攻ほす共安つる, はん〓をにくみて、勝家を背はるとなん、されと父なまは不孝の罪なろる, へし、然共伊賀守は、柴田并玄番允に對し、恨ふき事多し、予も又能知之、所, 思ふ圖に引請可打果ためなりとて、十一月中旬、卒數万騎、江州長濱近邊に, ならてたれろはのむ〓きと、玄番ろすと出んとさし袖を取て引とめ、かは, しや、盃一そゝきの恨に、勝家、軍に負亡ぬる〓はろなし、人の上たるき、つゝ, はらけ持來々れは、勝家取上、先玄番にさしゝろは、伊賀守心得す思ひて、我, 〔太閤記〕五秀吉卿與柴田修理亮勝家及鉾楯起之事, しみろんかむへき〓明ボし、, 天正十年十二月二十日, ル、四月二十五日ノ條ニ收ム, 〇下略、秀吉、加賀ニ至ルコトニ, 江ニ入ル, 旬秀吉近, 愛ス, 十一月中, 説ク, 秀吉勝豐, 勝家子ヨ, ノ老臣ニ, トノ説, リモ甥ヲ, 一三五

割注

  • ル、四月二十五日ノ條ニ收ム
  • 〇下略、秀吉、加賀ニ至ルコトニ

頭注

  • 江ニ入ル
  • 旬秀吉近
  • 愛ス
  • 十一月中
  • 説ク
  • 秀吉勝豐
  • 勝家子ヨ
  • ノ老臣ニ
  • トノ説
  • リモ甥ヲ

ノンブル

  • 一三五

注記 (29)

  • 1584,565,63,2172き、本の座に居々り、是よりいよ〳〵二人のなつらひよろらす、彼にしたろ
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