『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.141

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〳〵城を守老り、, り、我れ猶子たりといへども、すでに惣領たり、行末のはろらひ、此一事を以, 信孝の家人岡本、幸田等をかたらひ、謀反をすゝめらる、岡本太郎右衞門は、, 秀吉に一味す、幸田彦右衞門尉は、信孝の乳夫なりしが、忠義を守て同心を, の城をしゆごし、關盛信は、龜山の城を守り、國府次郎四郎は、國府の城を守, あり、此外勢北の味方には、小嶋兵部少輔神戸の城を守り、岡本下野守は、峯, 勝家は天性勇にすのつて、徳をしらず、秀吉は和をもつはらとして、諸侍を, り、鹿伏兎左京亮は鹿伏兎の城を守る、其外瀧川一味の諸侍千草以下をの, なつ老らる、是によつて諸家いつきも秀吉の味方となる、秀吉又謀て、内々, がさかづきを、先權六にさし、次に伊賀守へすろはす、勝豐大きにいきどを, 甥なり、しろるに勝家實子權六出生の後、伊賀守をかろんず、當年元日勝家, ず、かくて同十一月、謀をもつて、勝家、秀吉と和睦す、秀吉長濱に至り給ふ、此, とき柴田が養子伊賀守勝豐、勝家をそむき秀吉に一同す、これ元來勝家か, しろれども、成政は其比越後にあつて、長尾景勝と合戰の最中にて他國に, 秀吉和を用る事, 誘フ, 少輔, ノ老臣岡, 本太郎右, 秀吉信孝, 衞門等ヲ, 小嶋兵部, 勝家勝豐, ヲ疎ンズ, 天正十年十二月二十日, 一四一

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  • 誘フ
  • 少輔
  • ノ老臣岡
  • 本太郎右
  • 秀吉信孝
  • 衞門等ヲ
  • 小嶋兵部
  • 勝家勝豐
  • ヲ疎ンズ

  • 天正十年十二月二十日

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  • 一四一

注記 (26)

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