『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.678

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にしるしは取られず、, こ候つる由、家老之者、近年迄物かたり仕候、上野之我等知行之内、淨法寺, 野守信守被致在城候節、常陸之介も彼地に被參、父子一所こ多年か在城, 依之我等承候通書付申候、常陸之介儀、天文十七戊申年出生、若名は源十, と申所こ罷在候時、御嶽之事不斷家老之者とも物語仕候、御嶽と淨法寺, のり入處に、右衞門はてつほうにあたりて討死しける、舍弟之源八郎も、て, 不申候へ共、武藏之内上野之境御嶽之城に居被申候、我等爲にき祖父下, 郎、其後右衞門佐、又天正九年こ常陸介こ成被申候、名乘は信蕃こて御座, 一年十二三之比、諏訪高島之城こ、信玄公へ之證人に居被申候、其後年月覺, つほうにあたりてはてけり、兄弟討死をしたり々れは、其儘引のく、然共敵, と同所こて御座候、城は御嶽、町は淨法寺にて御座候得共、城之脇こ川御, 候、, 座候、城は武藏之内、町上野之内に淨法寺こて御座候, 〔依田記〕一依田常陸助一代之儀、御聞被成度由、被仰越候へ共、尓与不存候、, 〔三河物語〕三未之年、よだ右衞門は、岩尾之城をのり取らんとて、押騎而, ○下略、信蕃、并ニ信, 守ノ戰功及ビ信蕃、, 下野守信, 幼名源十, ナル, 玄ニ質ト, 御嶽城, 淨法寺町, 郎, 高島ニ信, 信蕃鐵炮, ニ中ル, 守, 天正十一年二月二十二日, 六七八

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  • ○下略、信蕃、并ニ信
  • 守ノ戰功及ビ信蕃、

頭注

  • 下野守信
  • 幼名源十
  • ナル
  • 玄ニ質ト
  • 御嶽城
  • 淨法寺町
  • 高島ニ信
  • 信蕃鐵炮
  • ニ中ル

  • 天正十一年二月二十二日

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  • 六七八

注記 (30)

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