『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.122

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付運をひらとへし、其節は汝等望にまかせ、褒美恩賞與ふ〓しと被仰遣け, し故、乘替に乘替いそきたまふに、春照村にて、こはしりの者に被仰付まる, けといふ事不吉にやおもひ給ひけと、北まけかと被仰けれは、稱名寺の曰、, は、一手ぬ長濱へ行、町人共に米壹升、大豆壹升出し合せ、粥に燒、早々木之本, る、又一手は道すし在々の郷まて、明松を出し、軍兵をおくるへしと觸まは, 村まて供申まれは、此所は何といふ村そととひたまへは、馬上村と答、公ま, 々と支度す、秀吉、諸鐙にて木之本さして急かたたまへは、又馬上村にて、御, されける、秀吉長濱に御在城の砌、民をなつけ、恩賞ぬかき人なれは、我も々, 刻に、木之本に著陣有て、地藏廣庭にしはらと陣取、跡より〓ゝり勢を相待, 軍に打勝ち、勝家を今宵か内に討取手はつ有で、いそおはしとかふなり、追, さん候北るまにて御座候と申上れは、につこと笑ひたまひ、其日の暮酉の, にまひけるに、長濱より人馬のかてをはこひ、たくさんにあつまりけノ、後, 馬壹疋乘殺し給ふに、尊照寺村の稱名寺といひし本願寺宗の坊主、夫婦共, に、秀吉日頃御目をかけられしゆへ、菓子を持追懸さし揚る、それより馬上, へ持參すへし、米は軍兵のかて也、まめは馬のまくさなるそ、秀吉美濃表の, 兵ヲ送ラ, 焚キテ軍, 里人ニ命, ジ松明ヲ, ノ廣庭ニ, 木本地藏, 稱名寺, 陣取ル, 急ニ備フ, シム, 天正十一年四月二十日, 一二二, 天正十一年四月二十日

頭注

  • 兵ヲ送ラ
  • 焚キテ軍
  • 里人ニ命
  • ジ松明ヲ
  • ノ廣庭ニ
  • 木本地藏
  • 稱名寺
  • 陣取ル
  • 急ニ備フ
  • シム

  • 天正十一年四月二十日

ノンブル

  • 一二二
  • 天正十一年四月二十日

注記 (28)

  • 1306,619,69,2204付運をひらとへし、其節は汝等望にまかせ、褒美恩賞與ふ〓しと被仰遣け
  • 1774,624,70,2202し故、乘替に乘替いそきたまふに、春照村にて、こはしりの者に被仰付まる
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