『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.658

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

のひの者を入て、其虚をはかり、不意に兵を發して、つゐに城を攻落し、長, て、久松佐渡守俊勝とゝもに其城をせむ、康親城郭の要害をうかゝひ、し, 月、今川氏眞、鵜殿長照をして、三河國西郡乃城を守らしむ、康親仰をうけ, を加へ、沙汰すへきむふの御誓詞をあたへらお、六年、一向專修の門徒蜂, をよひ康親仰をうけて、幡豆乃郷に砦を構へ、東條を攻て賊徒と戰ふ事, 照の二子をよひ從類を擒にす、東照宮其功のすみやかなお事を御感あ, さお、七年の春に至り、賊徒平均し、義昭も降參を請ふといへとも、再犯ゆ, しは〳〵なり、十月二十四日、この忠節により、采地を宛行はるへきむね、, 松平龜千代と一紙の御誓詞をたまひ、閏十二月、東條城及ひ斑馬、岡山、荻, 起のとき、吉良義昭賊徒に志を通し、東條よりおこり國中ををひやかす、, 原等四郷の内にをいて、五百貫文の地をたまはおへきの旨、御判物を下, このとき津平より岡崎に至るまて、四里の間通路たやすつらす、龜千代, りて、親筆乃御書をたまふ、後東條の城代を命せらるゝにより、四月十三, 日、御内書を下され。且松平龜千代をよひ其家臣等の事に至るまて、異見, るされさおにより、東條を出て駿府に奔る、これにより先にたまひし御, 天正十一年六月十七日, 康親ニ自, 筆ノ感状, ヲ與フ, 六五八

頭注

  • 康親ニ自
  • 筆ノ感状
  • ヲ與フ

ノンブル

  • 六五八

注記 (20)

  • 1585,700,66,2122のひの者を入て、其虚をはかり、不意に兵を發して、つゐに城を攻落し、長
  • 1701,694,66,2124て、久松佐渡守俊勝とゝもに其城をせむ、康親城郭の要害をうかゝひ、し
  • 1818,688,65,2129月、今川氏眞、鵜殿長照をして、三河國西郡乃城を守らしむ、康親仰をうけ
  • 1115,697,64,2125を加へ、沙汰すへきむふの御誓詞をあたへらお、六年、一向專修の門徒蜂
  • 762,701,63,2128をよひ康親仰をうけて、幡豆乃郷に砦を構へ、東條を攻て賊徒と戰ふ事
  • 1466,694,66,2127照の二子をよひ從類を擒にす、東照宮其功のすみやかなお事を御感あ
  • 293,706,64,2123さお、七年の春に至り、賊徒平均し、義昭も降參を請ふといへとも、再犯ゆ
  • 645,701,61,2147しは〳〵なり、十月二十四日、この忠節により、采地を宛行はるへきむね、
  • 527,705,64,2127松平龜千代と一紙の御誓詞をたまひ、閏十二月、東條城及ひ斑馬、岡山、荻
  • 997,697,62,2154起のとき、吉良義昭賊徒に志を通し、東條よりおこり國中ををひやかす、
  • 411,701,63,2128原等四郷の内にをいて、五百貫文の地をたまはおへきの旨、御判物を下
  • 881,703,61,2124このとき津平より岡崎に至るまて、四里の間通路たやすつらす、龜千代
  • 1348,699,65,2120りて、親筆乃御書をたまふ、後東條の城代を命せらるゝにより、四月十三
  • 1232,700,65,2125日、御内書を下され。且松平龜千代をよひ其家臣等の事に至るまて、異見
  • 176,709,62,2125るされさおにより、東條を出て駿府に奔る、これにより先にたまひし御
  • 1935,699,43,427天正十一年六月十七日
  • 1402,264,42,170康親ニ自
  • 1356,264,44,169筆ノ感状
  • 1312,267,41,114ヲ與フ
  • 1946,2426,44,122六五八

類似アイテム