『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.787

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田か腹の切樣見て、手本にいたすへき由申付而、東西ひつうと靜候へは、, 候條、諸勢入込候へは、たかひの友道具ニ而、手負死人依在之、惣人數之中, き、草木まても靡き隨ふ躰にて、加州越州まて平均に相果候、依之越中の, 第と被申候之條、令赦免候事、就中信長公之御時、別而被仰談之旨淵底と, 存候條、此以後何にても御用之儀可被仰越候、疎意に不可存候、恐々謹言、, にて兵をゑり出し、天守の内へうちものはかりにて切入せ候へは、七度, さい子をさし〓、同名のもの七八十人腹をきり、其外一類身に不替もの, 八十餘腹をきり、廿四日に相果申候事、, 一廿五日、加州え出馬候處、諸城相抱候といへとも、筑前守太刀風にをと汝, 一城中に石倉を高築、天守を九重に揚、柴田貳百計にて取籠候、城中せはく, まて切出候といへとも、令休不叶、天守九重目へとり上、諸卒に詞を懸、柴, 境目金澤と申城に立馬、國之置目等申付候中、越後長尾人質被出、筑前次, へ取懸、午之刻に本城へ乘入刎首候事、, 七月廿九日秀吉(花押), 七月廿九日, 秀吉(花押), 多賀谷修理亮殿御返報, 天正十一年七月二十九日, 長ニ好ヲ, 重經モ信, 通ズ, 天正十一年七月二十九日, 七八七

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  • 七八七

注記 (23)

  • 1324,683,60,2152田か腹の切樣見て、手本にいたすへき由申付而、東西ひつうと靜候へは、
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