『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.335

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へ也、相國寺石橋兩度の大能ありしに、初度にて宗雪、後の度は三郎ろ大, 汰之云々、依公方ハ小袖十重、座衆二重ツヽ被下了云々、美麗無極者也、, にて、兩人共に參河こて死す、今に至て觀世の家、御家の大夫なるは此ゆ, 居より所望しけめは、宗室にさせけり、, 夫なり、是は百年はかり以前の事也、脇は小次郎、大鼓は高安道善なと出, 御拍子なと候て、同廿三日、郡山之麓興禪寺にて、舞臺被仰付、御能御座候、前, 有事也云々、舊冬唐士ノ王ヨリ、金沙金〓以下ノ物百廿端被送了、以之沙, を養子とす、三郎といふ、黒雪は三郎ろ子なり、宗雪も三郎も東照宮御懇, り、小次郎一の弟子に堀池宗室といふ者あり、二日の能に張良を二度芝, 〓今度觀世太夫薪能ニ罷下ニ付テ、去年燒失ニ逢フ裝束悉以失墜ノ處ニ, 觀世大夫宗節、同三郎罷下候、月迫に候へ共、中旬に一座登城仕、被成御對面、, 依公方樣御申二ヨリ、金ラン、純ス以下ノ裝束十七具調テ被下了云々、難, 十四日, 〔老翁物語〕上觀世大夫宗節三郎吉田へ罷下御能之哀, 〔老人雜話〕三一觀世黒雪は、宗雪か孫なり、宗雪ハ子なし、保生大夫の子, 衣裝ヲ調, 吉田ニ下, 興禪寺ニ, 義情宗節, 宗節安藝, ノ爲メニ, 舞臺ヲ張, 製ス, ル, 天正十一年十二月五日, 三三五

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  • 衣裝ヲ調
  • 吉田ニ下
  • 興禪寺ニ
  • 義情宗節
  • 宗節安藝
  • ノ爲メニ
  • 舞臺ヲ張
  • 製ス

  • 天正十一年十二月五日

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  • 三三五

注記 (26)

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