『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.19

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は固に不可敵衆と有し金言を不知故とて、秀吉千悔限なし、, せ、日をくらし、夜合戰を望なは、縱大軍たりと云とも、打なやまに事も有, 尾藤甚右衞門殿へ, 仕懸候共、必陣を堅してたゝかはされと也)、其状曰、, を森か横目かてらに合力し給ひし事、秀吉卿の越度にて侍るへしや、, 甚右衞門尉か素性、敵を〓り武勇に慢氣ある者也、武藏守と氣〓同し、是, つゝしみ、羽黒の郷中に在て、弓鉄炮を出し、滋みに付て寄來る敵をうた, へきに、小勢に③郷中を出はなれ、八幡林に陣を備へし事不覺也、又尾藤, 翌日十七日、秀吉卿より飛札到來し制し給ふは、敵縱合戰を挑まんと催し, 如此制し給ふに、如案以小勢戰於多勢、執越度事無是非次第也、是孟子か寡, 態令申候、然者信雄、家康雖望挑合戰、必不可應其機候、殊池田勝入、森武藏, 〔小牧御陣長湫御合戰記〕一同十七日、勝入婿之森武藏守長可、勝入ノ一昨, 守は、前々〓於敵、武勇にほこり付たる人候條、能諫可申候、其段肝要候也、, 三月十三日秀吉在判, 謹言、, 三月十三日, 秀吉在判, 誇リテ敵, 勝入長可, ハ武勇ニ, ヲ〓ル, 天正十二年三月十七日, 一九

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  • 誇リテ敵
  • 勝入長可
  • ハ武勇ニ
  • ヲ〓ル

  • 天正十二年三月十七日

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  • 一九

注記 (23)

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