『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.503

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り玉ひしゆへに、勝に成ける、秀吉兵庫に於て、今度の合戰之勝劣は、山崎乃, に下知あり、茂介うぢを急き夜通しに、一番に乘上けて、天王寺山を取切た, に及ばん事を歎きける、其書状を則秀政に見せたりければ、秀政夜半に寶, して、一戰に利を得たり、, 寺の山にたし上り、陣し待かけたりけるをいかで知べき、夜明がたに、明智, が者共見て、けふ檜木笠の馬じるし持せたる大剛の者下知せしありさま、, 政右衞門忠勝、眞先かけて敵を追たつる、森寺か馬印檜木笠なりしを、明智, 天王寺山をはやく取たると、とられたるとにありと、のたたひて、堀尾茂介, 目をおどろかし候、姓名を承らばやと度々呼はりけるを、秀吉聞て、けふの, 軍森寺か一人の武名をあばしとて、桐の紋付たる羽織をあたへられけり, 秀吉、明智と山崎天王寺の合せんらは、秀吉地形をよく知, 山崎の合戰に、明智が先陣と護國公の先陣と戰をいどむ時に、侍大將森寺, が先手押寄たる處を、秀政山上より鐵炮を打かけ、不意に切てかゝり、追崩, と謀りしを、父のもとに告やりて、おもひよらず敵味方となり、明日は一戰, 森寺政右衞門武名の事, 〔校合雜記〕, )豐臣記、堅田ノ猪飼某、光秀ニ與シ、其子堀秀政, 下ニアル二、光秀ノ軍法ヲ報ズルコトニ作ル, 二十, 衞門, 森寺政右, 堀尾可晴, 天正十年六月十三日, 五〇三

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  • )豐臣記、堅田ノ猪飼某、光秀ニ與シ、其子堀秀政
  • 下ニアル二、光秀ノ軍法ヲ報ズルコトニ作ル
  • 二十

頭注

  • 衞門
  • 森寺政右
  • 堀尾可晴

  • 天正十年六月十三日

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  • 五〇三

注記 (24)

  • 529,635,60,2188り玉ひしゆへに、勝に成ける、秀吉兵庫に於て、今度の合戰之勝劣は、山崎乃
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