『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.408

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忠興はとかく不申、謹而罷在候、秀吉、よし〳〵忠興は得參間敷候、鐵炮か, 外氣色替り、與一郎上意成共不可參、御忠節ならは無用に可仕と申上ル、, そこ〓、御とた被成候はゝ、明日の御軍は御まけと申上ル、秀吉御意には、, 被下候へ、拙者罷越立可申と被申上、秀吉御機嫌直り、去は我差圖すへし, 承り候とて、馬に打乘、件の竹に夾候御書を馬上に持て、乘立て參り、御指, 右の段々を竪文に書と、壹間計の竹ニはさみ、長岡與一郎忠興, とて、座を御立被成、忠興を御傍へ召、小牧山家康陣の前に見ゆる松の一, るへし、立樣心得へし、左候はゝ、家康より取に可來と被仰、高山右近以の, 書を被遣候共、迚も無事なる御返事を家康被成間敷候、左候へは御機嫌, を召、其方只一騎にて此文を持、小牧山敵陳の一の木戸筋に立置て乘返, を變し、右近をはつたと睨、不入事を申上候ゆへ、御機嫌損し候、其御書を, 村ある所の小塚の見ゆる所に、此文を立置、早々可乘〓との上意也、忠興、, きひしり來候間、〓酌なるへし、餘の剛の者ニ持とて可遣と被仰、忠興色, 圖の所へ行、馬より下立、小塚の上ニ立置候處、小牧山より鐵炮を打懸ル, 我たきたるとて軍に可負樣なし、右筆よへとて、増田右衞門尉長盛を召、, 天正十二年三月二十八日, 後ニ細川, 越中守云、, 家康ノ陣, テ書状ヲ, 忠興ヲシ, 秀吉長岡, ニ送ラシ, ムトノ説, 四〇八

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  • 後ニ細川
  • 越中守云、

頭注

  • 家康ノ陣
  • テ書状ヲ
  • 忠興ヲシ
  • 秀吉長岡
  • ニ送ラシ
  • ムトノ説

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  • 四〇八

注記 (25)

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