『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.896

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り給へりしに、熊本より御使奉り給へるたよりにつけて、侍臣の人にたま, き、道のついでに、蓮臺寺に立よりて、此塔を御らんじけるを、よくおぼえゐ, たまへりしなりといひ傳ふ、かくて右の御書のおもふきを忠利君聞しめ, 給ひて、はじめて熊本の大城に入たまひし歸るさに、河尻の里に一夜やど, はれる御書なり、そははやく豐臣秀吉公の御供にて、薩摩國を攻給ひしと, 右御書中、肥後守とあるは、先主加藤忠廣, 不可仕置候儀候條、當年中ここれを取除、むかしの所こ遣し、むかしに不, 替樣取立置可然かと存候、各分別候而、能時分越中ニ可被申聞候、以上、, 十二月廿一日, 利君なり、こは忠利君肥後國をたまはりて、御父忠興君は、八代の城にすみ, し、やがて其塔を蓮臺寺にかへし、もとの所に立おかせ給ひぬ、後に此御書, ぬし也、越中とあるは、則吾忠, 笠印, 十二月廿一日三齋, 天慶四年五月二十日, 四郎右衞門殿, 清正, の子、, 建ツ, 寺ニ復へ, 細川忠興, ヲ舊地ニ, 塔ヲ蓮臺, 忠利其塔, サシム, 忠興ノ子, 八九六, 三齋

割注

  • 清正
  • の子、

頭注

  • 建ツ
  • 寺ニ復へ
  • 細川忠興
  • ヲ舊地ニ
  • 塔ヲ蓮臺
  • 忠利其塔
  • サシム
  • 忠興ノ子

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  • 八九六
  • 三齋

注記 (28)

  • 640,643,61,2193り給へりしに、熊本より御使奉り給へるたよりにつけて、侍臣の人にたま
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