『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.122

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こと面目なしとて、一同にいさめたてまつりしかは、東照宮御許容ありて、, 八幡まて御馬をすゝめらる、こゝにをいて、忠勝、四郎次郎か注進のむ金を, り河内國を歴て、山城國相樂にいたらせたまふ、この路次忠勝つ〓に御先, いふ、こゝにをいて忠次等乃老臣、この議に同し、我等齡長じて、其遠慮なき, これより台駕を旋され、織田家の臣長谷川竹秀一を嚮導として、大和路よ, かば、忠次聞て、其ことは理ありといへども、賊徒道をさしふさぎて、國にか, のあらば、其ところをとぶらひ合戰とおもひ、勝負を决せむにはしかじと, 言上し、且いさめたてまつりあ、今逆徒御誅伐あらむとて、こ乃小勢をもつ, 乃變を聞しめされ、軍の勝敗を謀るへきにあらす、時刻をうつさす馳上り、, て、大軍のうちにかず入、うち死したまはむこと詮なかるべし、一まづ、三河, にかへらせたまひ、かさて義兵を擧ら〓む丁そしかるべけ〓と申せし, へりたまはむことかたかるだしといふ、忠勝かさ金と、もし中途を遮るも, かに馬をかへす、このとき東照宮は、已に堺を發したまひ、途中にしる、右府, 一戰をとげ、舊好を報ぜととて、酒井忠次、石川數正等の老臣をはじめ、飯盛, にすゝみ、或は父老ををどして御道しるべとなし、或は舟人を叱して船を, 大和地ヨ, ニ入ル, 經テ相樂, リ河内ヲ, 一ヲ嚮導, 長谷川秀, トス, 天正十年六月四日, 一二二

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  • 大和地ヨ
  • ニ入ル
  • 經テ相樂
  • リ河内ヲ
  • 一ヲ嚮導
  • 長谷川秀
  • トス

  • 天正十年六月四日

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  • 一二二

注記 (24)

  • 491,631,59,2208こと面目なしとて、一同にいさめたてまつりしかは、東照宮御許容ありて、
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  • 257,631,62,2196り河内國を歴て、山城國相樂にいたらせたまふ、この路次忠勝つ〓に御先
  • 608,636,60,2190いふ、こゝにをいて忠次等乃老臣、この議に同し、我等齡長じて、其遠慮なき
  • 376,634,60,2194これより台駕を旋され、織田家の臣長谷川竹秀一を嚮導として、大和路よ
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