『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.774

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したる劒故、蛇斬とこそは名付けれ、, 駈出さんとする時、片手に鼻を握てとゞめしとぞ、, り、城の構嚴重なる上、夫婦枕を雙べし深閨へ、犬なとのくはへ來るべきい, と宣ふ、忠勝承り、短刀を下帶にさして飛入しか、や〻ありて浮出、水底に一, 同書に云、大田喜にて或夜、忠勝、妻の阿知和家と共に臥しに、何やらん手に, 淵の邊に御馬を止られ、此淵に大蛇すめりと聞く、誰れかある見てまゐれ, はれなし、さはれ忠勝は驚く色もなく、武士の家にてかやうの事のあなる, ツの魚の候をさし通して上り侍りぬ、魚のまだ生てやあらんすらむと申、, 上りしかば、君御氣色美はしく、御刀をぞ賜りける、この由緒により拜領な, は吉事なりとて、床の下へ埋めさせぬ、扨領内を落なく改めしに、其頃二十, ばかりにて死したる男はなかりしとぞ、, さりるものあり、怪しと思ひ燈火を執て見れば、二十ばかりの男の死體な, 即網を張りて探りしに、世の常の物とも見えぬ大なる鱸のさゝれたるが, 同書に云、忠勝鬼鹿毛と名付て、一日に數十里を走る駿馬をもてり、かの馬, 〔本多家武功聞書〕播州姫路に内記樣被成御座候節、明石之城主小笠原右, 忠勝ノ剛, 忠勝ノ強, 忠勝ノ水, 練, 膽, 力, 慶長十五年十月十八日, 七七四

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  • 忠勝ノ剛
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  • 忠勝ノ水

  • 慶長十五年十月十八日

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  • 七七四

注記 (23)

  • 1220,637,63,1078したる劒故、蛇斬とこそは名付けれ、
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