『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.633

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

大に恐れてさな、すてにして小牧山に陣した)万ふときゝ、はを參り、まみえ, たてまつるのところ、すみゑかに居城に歸りて守なへしとの御旨なりし, り、氏次これを披て、いまた讀終らす、地に擲ち、我平生乃こゝ海さし〓とへ, 〓をして書を贈り、もし摩下に屬たは、尾張半國をもつてあたふへしと又, 吉の兵と細山崎にたゝかふ、氏次先陣にありていとみたゝかひ、敵の首あ, に御摩下につかへん事をおもふ、何そ秀吉の奴僕とならんやといふ、今井, ぬせきたゝかふといへとも、大敵きそひ來おゆへ、氏重家臣等たゝかひ死, 天正十二年、豐臣太閤大軍を, 率ゐて、尾張國に發向す、これにより信雄援兵を請たて万つりしかは、則御, 馬を出さる、岩崎は三河國の要害たなにより、氏次仰をうきたまはりて居, 同日、水野、榊原、大須賀、本多ならひに氏次等諸卒をひさ長久手にいたり、秀, 城に歸り、堀を深うし、壘を固うしてこれを守お、これよりさお、太閤、今井〓, は大權現の御先手にくはゝお、四月九日、池田氏父子岩崎の城をせむ、氏重, す、, またうちとる、〓, 丹羽氏次, 〔寛政重修諸家譜〕五十, 勘助、, 源六郎, 略, 下略, ○上, 山崎ニ秀, 氏次等細, ヲ誘フ, 秀吉氏次, 吉ノ兵ト, 氏次應ゼ, 戰フ, 天正十二年四月九日, 六三三

割注

  • 勘助、
  • 源六郎
  • 下略
  • ○上

頭注

  • 山崎ニ秀
  • 氏次等細
  • ヲ誘フ
  • 秀吉氏次
  • 吉ノ兵ト
  • 氏次應ゼ
  • 戰フ

  • 天正十二年四月九日

ノンブル

  • 六三三

注記 (31)

  • 399,612,64,2210大に恐れてさな、すてにして小牧山に陣した)万ふときゝ、はを參り、まみえ
  • 281,612,61,2209たてまつるのところ、すみゑかに居城に歸りて守なへしとの御旨なりし
  • 632,613,66,2200り、氏次これを披て、いまた讀終らす、地に擲ち、我平生乃こゝ海さし〓とへ
  • 750,612,65,2211〓をして書を贈り、もし摩下に屬たは、尾張半國をもつてあたふへしと又
  • 1450,614,69,2209吉の兵と細山崎にたゝかふ、氏次先陣にありていとみたゝかひ、敵の首あ
  • 513,619,68,2206に御摩下につかへん事をおもふ、何そ秀吉の奴僕とならんやといふ、今井
  • 1803,618,67,2210ぬせきたゝかふといへとも、大敵きそひ來おゆへ、氏重家臣等たゝかひ死
  • 1213,1986,61,842天正十二年、豐臣太閤大軍を
  • 1097,611,70,2216率ゐて、尾張國に發向す、これにより信雄援兵を請たて万つりしかは、則御
  • 982,614,67,2213馬を出さる、岩崎は三河國の要害たなにより、氏次仰をうきたまはりて居
  • 1565,615,71,2214同日、水野、榊原、大須賀、本多ならひに氏次等諸卒をひさ長久手にいたり、秀
  • 864,611,67,2216城に歸り、堀を深うし、壘を固うしてこれを守お、これよりさお、太閤、今井〓
  • 1920,632,69,2193は大權現の御先手にくはゝお、四月九日、池田氏父子岩崎の城をせむ、氏重
  • 1710,619,41,67す、
  • 1337,613,77,499またうちとる、〓
  • 1222,1407,58,262丹羽氏次
  • 1207,568,102,729〔寛政重修諸家譜〕五十
  • 1205,1698,41,124勘助、
  • 1248,1702,42,189源六郎
  • 1329,1130,39,35
  • 1330,1059,36,106下略
  • 1378,1057,37,108○上
  • 1466,256,41,169山崎ニ秀
  • 1511,257,41,168氏次等細
  • 737,255,41,115ヲ誘フ
  • 781,252,42,169秀吉氏次
  • 1425,257,37,164吉ノ兵ト
  • 663,252,41,162氏次應ゼ
  • 1381,257,39,72戰フ
  • 186,690,44,383天正十二年四月九日
  • 176,2432,44,120六三三

類似アイテム