『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.864

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より一騎乘下し乘込は、大久保治右衞門忠佐、渡邊彌之助下の澤より乘込, さいはいを振て、武藏守か備は切崩す、勝入備は若者とも何とて追崩さぬ, に懸て追崩す、井伊兵部と武藏守か籏本もめけれは、先手も色めくを見て、, と名乘て、是に鑓を合、互に大音聲を掲て戰ふ所に、家康卿の軍勢惣かゝり, 十三人枕を竝て討死せしかは、殘黨みたれて右往左往に敗北す、爰に武藏, 眉間にあたり、馬より落れは、馬廻りの者共走り寄さわたける、, そと下知し給へは、御馬の先より平松金次郎、茜の羽織著て、十文字の鑓を, ける、武藏守か家士細野左近、原助兵衞、佐中平五、田染三十郎、井戸半右衞門、, にて討死のよし聞て、二町計乘〓し討死す、家康は武藏守旗本もめける時、, 守か旗下なりし關小十郎右衞門は、武藏守迎に出たり、武藏守るあの山際, 入所に、水野大郎作か足輕杉山孫六手たれにてため付て打たるに、武藏守, 持、道筋をかゝり、勝入大軍の眞中〓鑓を打入れは、母衣武者、山田八左衞門, 梅村四郎兵衞、佐藤喜内、大洞五右衞門、與藤治、可兒六郎右衞門、右筆良庵、四, 水野太郎作は武藏守旗本のもめけるを見て、山の尾崎, さいはいを振て、かゝれ〳〵と下知す、井伊か家上三浦與右衞門進て鑓を, 十六日ノ條參看、, トニカヽル、三月二, 申略、長可, 遺書ノコ, 長可ノ戰, 平松金次, 郎, 死, 天正十二年四月九日, 八六四

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  • 十六日ノ條參看、
  • トニカヽル、三月二
  • 申略、長可
  • 遺書ノコ

頭注

  • 長可ノ戰
  • 平松金次

  • 天正十二年四月九日

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  • 八六四

注記 (25)

  • 1405,619,60,2210より一騎乘下し乘込は、大久保治右衞門忠佐、渡邊彌之助下の澤より乘込
  • 700,627,61,2200さいはいを振て、武藏守か備は切崩す、勝入備は若者とも何とて追崩さぬ
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