『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.18

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をひらき、武田勝頼を敗北せしめし武功乃程を感し給ひ、信長公感悦のあ, 物を給り、彌可抽忠功之旨、悃詞少からす、, 若年より父に似たる事有と沙汰せし處に、武勇の佳名且々出來、鬼武藏, 年長篠籠城之時、大軍を引受、一度乃おくれをとらす、後詰を待うけ、終に運, 山さして勢を入給へは、段のうへの勢も打納にけり、此節九八郎粉骨をつ, へは、頓而勝時をあけ候けるに、段の上の備よりも時を合たり、かくて小牧, まりに、汝か名を呼て、武者之介と付給ひし事僻言ならす、今度又勇士の武, 家康卿感悦大かたならして、御前近く召出され、汝か動今にはしめす、先, くし、勇士の武藏守を敗北せしめ、首數二百餘討取て、家康卿之實〓に備ふ、, なと云出ぬ、加樣之事有しにより、其勝手を大軍にあてしは若き故也、家, 評曰、森武藏守其以前二三度得勝利事は、對小敵の事也、父の武勇に續て、, 唱へ、さつと引取候へとて、九八郎かたへ、天野佐左衞門尉等を遣し制し給, 藏守を敗北せしめし事。偏に九八郎か武功に有と仰られ、即大一文字の腰, 康卿は、武田と年久しう戰を挑み合、其功莫太也、其武功の程を、森も深く, ○中略、家康、蟹清水以下ノ城岩ヲ, 築クコトニカヽル、本月二十四日, 收ム、, ノ條ニ, 信員ヲ賞, 小牧ニ收, ダ若輩, 家康兵ヲ, 長可ハ未, 天正十二年三月十七日, 一八

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  • ○中略、家康、蟹清水以下ノ城岩ヲ
  • 築クコトニカヽル、本月二十四日
  • 收ム、
  • ノ條ニ

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  • 信員ヲ賞
  • 小牧ニ收
  • ダ若輩
  • 家康兵ヲ
  • 長可ハ未

  • 天正十二年三月十七日

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  • 一八

注記 (25)

  • 1072,618,69,2200をひらき、武田勝頼を敗北せしめし武功乃程を感し給ひ、信長公感悦のあ
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