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かく河邊つたひにいたる、其躰川をわたりて敵陣にかけいらんとするににたり、武田, 〔譜牒餘録〕, が兵、これを見て、しばらくひかへてすゝこきたらず、勝頼兵をすゝめんとすれども、, 御旗本へいたり、大權現に〓したてまつるとき、忠次が戰功いまにはじめす、殊更今, 軍利あらじと見きりて、つゐに軍勢を引つれてかへりしりそく、忠次河邊よりすくに, 日の働忠次なくんば敵かならす川をわたすへし、忠次はまことの良將なりと感したま, ば〳〵使をたまはりて忠次をめす、忠次御旗本にいたらんとして、則馬をはせて、ち, 松平左近、松平周防守、, 天正二年九月、武田勝頼二萬餘騎を引ゐて天龍川に出張の時、大權現諸勢を九組にわ, けてさしむけらる、東條一組は忠次にくみす、, 一、同二年九月、武田勝頼遠州表へ出張、所々放火し、天龍川邊迄來處、洪水に依て水, 〔寛永諸家系圖傳〕, ふ、, 松井忠次, 二紀伊殿藩士上, 久野丹波守, 四十, 九, 東條一組ハ, 九組二分ツ, 勝頼兵ヲ撤, 家康手勢ヲ, 松井康親, 康親二與ス, 久野宗能, 天正二年九月七日, 一八七
割注
- 二紀伊殿藩士上
- 久野丹波守
- 四十
- 九
頭注
- 東條一組ハ
- 九組二分ツ
- 勝頼兵ヲ撤
- 家康手勢ヲ
- 松井康親
- 康親二與ス
- 久野宗能
柱
- 天正二年九月七日
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- 一八七
注記 (27)
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