『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.1154

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しく、其押として久津部に陣す、八年五月、田中城を攻たまふのとき扈從, 中にあり、のち、遠江國小山諏訪原乾等の合戰にしたかひたてまつり、五, 級を得たり、十年、甲斐國に御在陣のとき、父とおなしく乙骨に陣し、しは, 某驅來りて、二人ともにこれをうちとる、この日、康重創をかうふること, も、諸將と代る〳〵兵をひきゐてこれをまもる、十二年三月、小牧に御出, 三年五月、長篠のたゝかひに、父とおなしく鳶巣山におもむき、先登して, 〳〵戰て首を得、また甲府にをいて、あらたに砦をかまへたまふのとき, 年父廣孝、遠江國にをいて所領をたまふのとき、三河國の舊領を讓られ, 首を得たり、ときに敵兵三人康重をうたむとす、康重一人と鎗を合せ、家, 二箇所、また銕炮にあたりて左の股をやふる、其玉ぬけすして、生涯股の, し、家臣森惣九郎某うち死す、九年、高天神の城攻に軍功を勵し、首二十一, て封を襲、六年、武田家の兵遠江國に出張するにより、大久保忠世とおな, へむとす、康重前の敵をすてゝこれと組討し、既に危かりし時、庄左衞門, 臣山下庄左衞門某一人をうちとる、いま一人は鎗をすてゝ康重をとら, 陣のとき、敵將森武藏守長一、羽黒に陣するのよし聞えけれは、酒井忠次, 慶長十六年三月二十二日, 長篠役先, 登, 一一五四

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  • 長篠役先

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注記 (19)

  • 747,731,65,2147しく、其押として久津部に陣す、八年五月、田中城を攻たまふのとき扈從
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