『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.865

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安藤彦兵衞, て、わつか殘り留る士卒二百計眞丸に備て、吹貫の馬印を立、後は自身に手, かけられしと也、家康方大勢押懸りけれは、秋田加兵衞を初として、竹村小, 鑓附ける所に、永井傳八, へ追崩す、久永源六走りつき、手負一人有をふみ越、先にて切ふせ高名なり、, けり、勝入嫡子池田紀伊守之助をは、安藤彦兵衞首を取ける、森武藏守首は, ふせ、鑓下の高名す、是より惣かゝりに懸て追崩す、兵部も馬上より組て落、, 渡邊半藏山の引廻しにて、敵七八人〓伏追崩す、勝入兵今度の中入は、自分, 鑓下をくゝり首を取所, 乃望し謀にて、かく敗軍、其上聟武藏守も討死しきれは、とかく討死と決し, 手柄成高名也、水野日向守また爰にて高名す、其外追付〳〵手柄有、安藤彦, りきる、與右衞門若黨沼口彦四郎走り込、與右衞門相手のからすねをなき, 兵衞もかゝり行、逢村次郎四郎刀にて押込、敵の鑓三本切折、山の尾崎を西, 平太、阿部彌右衞門、河村助之丞、岡田善右衞門、古田甚内、片山喜平治、生駒半, に、四五人取んとしける故、傳八は指を切落しけれとも、首は終に傳八取て, 左衞門、森嶋八藏、長谷川源三郎、其外大勢討死す、殘る勢もなけれは、勝入を, 打込けるに、敵三方より鑓附と、既に討死と見へきる處に、中村與兵衞〓懸, 後右近, 後帶刀, といふ, といふ, 勝入ノ戰, 元助ノ戰, 死, 死, 天正十二年四月九日, 八六五

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  • 後右近
  • 後帶刀
  • といふ

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  • 勝入ノ戰
  • 元助ノ戰

  • 天正十二年四月九日

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  • 八六五

注記 (27)

  • 551,637,59,342安藤彦兵衞
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