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細川越中守, タチタル敵一人縫仆シ候ヘトモ、跡ヨリ來レル今一人ノ敵ハ、年盛ナル壯, 我人數をひきいて參河に入、敵の本郷を燒討にし、妻子を屠るほとなら, 尉輝政ノ時ニ至テ、祿千七百石ヲ受テ、騎士ノ將ト爲テ、名ヲ大隅ト更ム、, は、敵よも小牧にはこらへて居られしと申、太閤の云、思樣にはならしと, 山より額田迄五里はかりあり、勝入額田にゆき、太閤にまみへていわく、, 額田に陣し給ふ、常眞、大御所小牧にます、此時太閤方の先手蒲生飛騨守、, 大ノ男ニ候、一勝負イタシ疲レ候ヘハ危カルヘキヲ、梶浦ニ扶助セラレタ, ハスハ撃取レ候カ、不然ハ深手ヲ負テ、此番ノ戰場ニ赴コトヲ不可得候、先, 田の北犬山に本陣あり、犬山の東岩崎の城に大御所方丹羽勘介籠る、犬, き、太閤の本陣へ來らすとなり、又長湫といふは、此時太閤方池田勝入額, ル理ニテ候ト、其場ノ始終ヲソ申ケル、梶浦此ヨリ武功ヲ累、池田三左衞門, いふ所にて、越中守は飛騨守を捨て逃くつす、飛騨守は蹈留て敵をぬせ, 敵と相むかふ時、額田のひうし二里はかりに二重堀と, て許さす、勝入明日又行てあなかちに請て云、今のはかりこと是に過た, 〔老人雜話〕ニ一額田小牧は皆尾張の内なり、小牧は東、額田は西、太閤は, 三齋, 也、, 蒲生賦秀, 細川忠興, 天正十二年四月九日, 九二六
割注
- 三齋
- 也、
頭注
- 蒲生賦秀
- 細川忠興
柱
- 天正十二年四月九日
ノンブル
- 九二六
注記 (22)
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