『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.611

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く敗軍いたし候、, 防き、大閤の本陣へ來らすと也と云々、妄説勿論也、, 田ぬ西、大閤は額田ニ陣し給ふ、常眞、大御所は小牧ニ在、此時大閤方の, 尋〓しに、朝烟不立候ニ付、敵夜中ニしたゝめして、何方へそ働くへき, ふかし、又老人雜話集と云ニ、額田と小牧は尾張の内なり、小牧は東、額, 覺悟を知りたりと申けれは、物馴たる勇士は覺別なりと皆人感しけ, 先手蒲生飛騨守、細川越中守敵と相向時、額田の東二里はかりに二重, とゝつぶやきけるの、家康公其日長久手へ御働被成候也、後ニ子細を, 今朝志水新之丞申候は、敵陳飯烟を立る事少きは不審也、皆々兵粮を, 坂崎家の記ニも如此有之、但坂崎兵庫と云もの別人ニ有之たるかい, 若者共是を見て、新之丞は何を見懸てししめがるゝ、氣は違はぬかな, 留其外の者共へ淺申候事、, 堀といふ所まて、越中守は飛騨守を捨一て逃崩す、飛騨守は踏止て敵を, 一同日、家康公長久手にて御合戰有、池田父子、森武藏守等御討取、上方勢悉, 早くつかひ鎧を著るへしとて、忠興君え淺其段申上、銚子數盃之助、稻, 天正十二年四月九日, そかしき體成しか、, こ銚子數盃たてま, 一る事と有、誤成へし、し, 中炊煙少, 家康ノ陣, 忠興敗走, シ賦秀克, ク防グト, 浦生賦秀, ノ説, 天正十二年四月九日, 六一, 六一一

割注

  • こ銚子數盃たてま
  • 一る事と有、誤成へし、し

頭注

  • 中炊煙少
  • 家康ノ陣
  • 忠興敗走
  • シ賦秀克
  • ク防グト
  • 浦生賦秀
  • ノ説

  • 天正十二年四月九日

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  • 六一
  • 六一一

注記 (29)

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