『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.969

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にて、鬼武藏と呼れさせ給ふ事ヲ思ひ出て、, て爰よ略す、, 置し寫ヲ見當しニよつて、爰に記し置也、其節多仲、長可君の御墳にま, ふて、雪霜ヲ經りたま御墳の、又殊勝に、落〓にむせふはかり、御墳の前, へ再縁にて、中村一學出生なり、慶長四亥年七月廿日、四十一歳にして卒, 即チ長可君の御寄附状ヲ所持す、御墳墓有り、事は長可君の記中ニ載せ, 一美濃國可兒郡帷子庄石原村普傳山眞禪寺は、長可君の御菩提寺也と云、, 一池田勝入の息女也、長可君御鬪死の後、駿州府中城主中村式部少輔一氏, 去、, 鬼百合やあたら盛を塚の陰, 右者天明三癸卯年、二百年の節、小林多仲御使者ニ被遣、其節同人認め, 安養院殿春林宗茂大姉, 〔森家先代實録〕, 長湫之厄命因義輕, 天正十二年四月九日, 〔森家先代實録〕〓〓磨長可君御室, 長可君御室, 猶亦識者の説ヲまつ, 御菩提寺御墳墓の事は、, ○播磨, 中村一氏, 長可ノ室, ニ再〓ス, 九六九

割注

  • 猶亦識者の説ヲまつ
  • 御菩提寺御墳墓の事は、
  • ○播磨

頭注

  • 中村一氏
  • 長可ノ室
  • ニ再〓ス

ノンブル

  • 九六九

注記 (24)

  • 1408,753,60,1282にて、鬼武藏と呼れさせ給ふ事ヲ思ひ出て、
  • 916,675,55,349て爰よ略す、
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